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金峯山寺(きんぷせんじ) 前編

奈良県吉野郡吉野町の金峯山寺へ、行ってきました。

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7世紀後半に役小角(えんのおづの=役行者)が開基したと伝えられています。写真は1985年に改築された黒門とよばれる総門です。

黒門から5分ほど歩くと銅鳥居(かねのとりい)に着きます。
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東大寺大仏を鋳造した際の余った銅で造られたという伝説もありますが、室町中期のものと考えられ、重要文化財です。大峰山まで4つある門の最初で、「発心門(ほっしんもん)」の扁額がかかっています。

銅鳥居をくぐって左手にある行者堂です。
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銅鳥居からさらに進むと、二王門(仁王門)が見えてきます。
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現在は平成の大修理工事中で、2019年完成予定です。

2013年に撮影した二王門です。
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1456年再建で、国宝です。

二王門の木造金剛力士立像(阿形)です。
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1339年に大仏師・康成(こうせい)によって造られたもので、重要文化財です。

二王門の左手にある車道を進むと本堂の南側の石段に着きます。
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石段の脇にある後醍醐天皇導之稲荷(みちびきのいなり)社があります。
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北朝方との対立が激しくなり京を脱出した後醍醐天皇が、途中夜道に迷った時に、とある稲荷社の前で歌を詠むと、紅い雲が現れ、吉野への道を照らして導きをしたそうで、その稲荷を勧請したものです。

石段を上がると左手に「村上義光公忠死之所」の石碑があります。
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現在は門がありませんが、かつては二天門があり、1333年に信濃出身の武士・村上義光が、護良(もりなが)親王の身代わりとなって二天門の楼上で自害したと伝えられています。

後編に続きます。
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