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橘寺(たちばなでら)

飛鳥の橘寺へ。新西国第10番霊場です。
正式名は「上宮皇院菩提寺(じょうぐうおういんぼだいじ)」といい、聖徳太子生誕の地と伝えられています。1506年に多武峰(とうのみね)の僧兵によって伽藍は壊滅し、現存建物の多くは1864年に再建されたものです。

山門(東門)です。
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本堂(太子堂)です。聖徳太子坐像(室町時代、重要文化財)が安置されています。
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観音堂です。本尊如意輪観音坐像(平安時代、重要文化財)が安置されています。P1150861_convert_20130219100417.jpg

本堂横にある二面石です。飛鳥時代の石造物の一つで、善と悪の二相を表しているといわれています。
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五重塔跡の心礎です。
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<橘寺(たちばなでら)>奈良県高市郡明日香村橘532
欽明天皇の離宮を聖徳太子が改修して橘樹寺(たちばなのきのてら)としたのが始まりとされるが、創建年代は不明。境内は史跡に指定。

橘寺の北にある川原寺跡(史跡)です。
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<川原寺跡(かわはらでらあと)>奈良県高市郡明日香村川原1109
創建年代は不明、673年に日本で初めて一切経(いっさいきょう)の写経が行われた。平安時代にかけて僧兵を擁する勢力を保っていたが、その後は衰えていった。中金堂跡が現在の弘福寺(ぐふくじ)本堂。弘福寺には持国天立像・多聞天立像(いずれも平安時代、重要文化財)を安置。

川原寺跡から歩いて10分位にある亀石です。用途は不明です。
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西を向くと飛鳥が泥の海になるという言い伝えがあります。

亀石の近くに煉瓦煙突が!
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塀には「清酒 右近橘 脇本醸」の看板があります。
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脇本酒造です。残念ながら2011年9月から休業されています。

2011年5月に訪れた時は、試飲もできました。その時の写真です。
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右近橘(うこんのたちばな)」、「飛鳥(あすか)」、「石舞台(いしぶたい)」、「酸強酒(さんきょうしゅ)」などを醸していました。酸強酒は、酸っぱくて飲めなかった記憶があります・・。

かつて、タンクが置かれていた敷地の一部は、更地にする工事が進んでいました・・。
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煙突や蔵は残っているので、いつか復活されることを期待しています!
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