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徳融寺(とくゆうじ) 後編

奈良市の徳融寺の続きです。

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観音堂に向かって左手にある祠です。稲荷社のようです。

祠に向かって左手に標石があり「豊成公中将姫御墓」と刻まれています。
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最も標石側にある藤原豊成の石塔です。
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戦国時代に松永久秀(弾正(だんじょう))が多聞城を築く際に各所の石仏・石塔を集め、運び出されそうになりますが、連歌師が「曳きのこす 花や秋さく 石の竹」という連歌発句を送り、連歌に理解のある久秀が奪うのを止めたといわれています。

藤原豊成の石塔に向かって左手にある中将姫の石塔です。
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いずれの石塔も宝篋印塔(ほうきょういんとう)で、鎌倉時代の作と考えられています。

藤原豊成と中将姫の石塔の間にある四方石仏です。
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正面が薬師如来像、右回りに釈迦如来像、阿弥陀如来像、弥勒如来像が刻まれています。

祠に向かって右手にある吉村長慶墓です。
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幕末に奈良の豪商に生まれた人で、相場師として莫大な富を築く一方、奈良市議会議員として社会運動や政治運動を行う戦前の「名物おやじ」的存在だった人だそうです。

山門を入って右手にある吉村長慶の石造です。
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独特の宗教観を持ち、石工を抱え、各地に石灯や石像などを各地の社寺に奉納しています。

山門正面にある1937年に吉村長慶が奉納した大日如来像です。
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裏面には世界二聖像が刻まれています。

世界二聖像です。
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釈迦と十字架を背負ったキリストが横臥し、マントを背負った吉村長慶が二人の間に割り込んで「寝ている時ではない、早く起き上がって、この世の乱れを救ってください」と胸をゆすっている場面が刻まれています。

山門を入って右手奥にある庫裏です。
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1611年建築で元は本堂だったそうです。

<徳融寺(とくゆうじ)>奈良市鳴川町25
JR京終(きょうばて)駅から徒歩約9分、近鉄奈良駅から徒歩約12分


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