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徳融寺(とくゆうじ) 前編

奈良市の徳融寺へ、行ってきました。

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元は元興寺(がんごうじ、奈良市)にあった観音堂または念仏道場であったと伝えられています。1590年に現在地に移転しています。大和北部88か所霊場の第4番札所です。写真は総門です。

総門からは参道が続きます。
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写真左端に「豊成公中将姫舊跡(きゅうせき)並御墓」の標石が建てられています。奈良時代に當麻寺(たいまでら、奈良県葛城市)に伝わる當麻曼荼羅図(国宝)を織り上げた中将姫(ちゅうじょうひめ)の父・藤原豊成(ふじわらのとよなり、別名・横佩大臣(よこはぎのおとど))邸があった場所で、山号は豊成山です。

参道を進むと山門があります。
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山門から見た境内の様子です。
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山門から進むと右手にある鐘楼です。
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参道を進むと正面にある本堂です。
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1667年再建です。本尊は、阿弥陀如来像(鎌倉時代作)で、源頼朝の妻・北条政子(鎌倉幕府初代執権・北条時政の娘)の念持仏と伝わっています。

本堂の手前、参道左手にある観音堂です。
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胸の前に乳児を抱き上げた子安観音像や薬師如来像が安置されています。いずれの像も平安時代作と伝わっています。境内の拝観はできますが、堂内の拝観には事前連絡が必要です。電話0742-22-3881。

観音堂の裏手にある毘沙門堂です。
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1632年建築と伝えられ、小規模な仏堂の好例だそうです。

観音堂に向かって左隣、山門を入って左手にある地蔵堂です。
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地蔵堂の裏手にある清骨堂です。
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後編に続きます。


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