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高津宮(こうづぐう) その1

大阪市中央区の高津宮へ、行ってきました。

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868年に清和天皇の勅命により仁徳天皇の難波高津宮(なにわたかつのみや)の旧跡が探索され、その地に社殿を築いてまつったのが始まりと伝えられています。1583年に豊臣秀吉が大阪城築城の際に現在地に遷座しています。

鳥居を入って参道を進みます。
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緑が気持ちいいです。参道の途中に欄干があり、かつては梅川が流れていたそうです。

参道の途中、左手にある梅之井です。
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梅川のほとりにあった名水で、上町台地の伏流水が湧いていたそうです。

梅之井の向かい側、参道右手にある北野恒富(つねとみ)筆塚です。
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北野恒富は明治から昭和にかけての浮世絵師で、参道付近に住まいがあったそうです。

門があり参道が続きます。
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門の先からは石段が続きます。
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石段の途中、右手にある儀式殿です。
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結婚式の会場として使われています。

儀式殿玄関脇にある鉄格子波丸歌塚です。
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鉄格子波丸は江戸時代の狂言師で、本業は鉄問屋で店の玄関を珍しい鉄製にしたため鉄格子屋とよばれていたそうです。歌塚は1811年に門人により建立されています。

石段を上がると左手にある手水舎です。
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手水舎の奥にある勧善歌碑です。
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幕末から明治の儒学者・藤沢南岳(なんがく)の作で人の道を説いた生活訓が漢文で書かれています。南岳は通天閣や小豆島の寒霞渓(かんかけい)の命名者としても知られています。

その2に続きます。

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