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葛城一言主(かつらぎひとことぬし)神社 後編

奈良県御所市の葛城一言主神社の続きです。

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一言稲荷神社に向かって右手には境内社が並んでいます。

一言稲荷神社に右手にある市杵島神社(写真中央左)と天満神社です。
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天満社に向かって右隣にある住吉神社です。
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住吉社に向かって右隣にある八幡神社・神功皇后社です。
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境内社の手前にある雄略(ゆううりゃく)天皇(第21代天皇)像です。
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2020年9月に建立されたものです。

拝殿に向かって右手に蜘蛛塚(くもつか)があります。
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豪族(先住民で土蜘蛛の蔑称)を捕らえて埋めたといわれているものです。

蜘蛛塚です。
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普段見ることはできませんが、本殿横にある庭にも蜘蛛塚があるそうです。また、二の鳥居の近くや高天彦(たかまひこ)神社(奈良県御所市)にも蜘蛛塚があります。

拝殿の手前、左手にあるご神木の銀杏(いちょう)です。
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樹齢1,200年ともいわれている古木です。
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幹の途中から乳房のようなものが出ていることから乳銀杏(ちちいちょう)とよばれてます。この木に祈願すると子どもを授かり乳がよく出ると伝えられています。

拝殿に向かって左手にある万葉歌碑です。
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「葛木之 其津彦真弓 荒木尓毛 憑也君之 吾之名告兼」と刻まれています。「葛城の襲津彦(そつびこ)が持つ弓に使う荒木のように、頼もしいあなたが、私の名を告げたのでしょうか」という意味のようです。

拝殿に向かって左手にある社務所です。
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拝殿に向かって右手にある授与所です。
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授かった「一陽来復守り」です。
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1482年に行った神事で神託があり、境内の南天樹に一陽来復(難転、魔滅)の願いをこめお守りとして人々に配ったところ、大いにに栄えたと伝わる秘伝のお守りで、幸運が巡ってくる、難儀に遭遇するときはその魔を滅し福に転じるそうです。毎年、冬至の日の2日前から節分の日まで授与しています。冬至の日・大晦日・節分の日のいずれかの日の夜中12時に、前面が恵方に向かうよう玄関内の高い場所にまつります。肌守り(小さいお守り)は各自が持ちます。(肌守りは家族の人数分授与してもらえます)

<葛城一言主神社(かつらぎひとことぬしじんじゃ)>奈良県御所市森脇432
葛城一言主神社 公式ページ
近鉄御所駅からひまわり号(御所市コミュニティバス)西コース森脇バス停から徒歩約7分、近鉄御所・JR御所駅から徒歩約50分


葛城一言主(かつらぎひとことぬし)神社 前編

奈良県御所市の葛城一言主神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明です。古事記では雄略天皇が葛城山で狩りをしていた時に、天皇と同じ姿をした一言主神(ひとことぬしのかみ)が現れたと伝えられています。神が現れた地に雄略天皇とともにまつったと伝えられています。写真は二の鳥居です。

二の鳥居から参道を進むと境内に着きます。
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一の鳥居は二の鳥居から南へ徒歩約5分の場所にあります。

さらに参道を進むと右手に手水鉢があります。
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手水鉢の近く、参道右手にある祓戸(はらえど)社です。
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まずはこの社に参拝して身を清めます。

拝殿に向かって左手にも祓戸社があります。
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駐車場から拝殿に向かう参拝者用と思われます。

祓戸社から参道を進むと石段があります。
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石段を上がると拝殿があります。
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祭神は、葛城之一言主大神(かつらぎのひとことぬしのおおかみ)と幼武尊(わかたけるのみこと=雄略天皇)です。

拝殿の扁額です。
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どんな願いでも一言の願いであればかなえてくれるとされ「一言(いちごん)さん」ともよばれています。

拝殿に向かって右手奥に一言稲荷神社があります。
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一言稲荷神社です。
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一言稲荷神社の手前左脇にある子持石です。
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撫でると子宝に恵まれるそうです。

一言稲荷神社の手前、左手にある宝来石です。
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昔、砂金が取れたと伝わり、祈願すると金運が良くなるといわれています。

後編に続きます。


須佐男(すさのお)神社

兵庫県尼崎市武庫之荘の須佐男神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明です。旧地名が武庫庄(むこのしょう)であったことから、武庫庄須佐男神社ともよばれています。尼崎市内には、須佐男神社・素戔嗚(すさのお)神社が20社以上あります。

鳥居です。
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鳥居から参道を進むと右手にある手水鉢です。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿の後方には幣殿(へいでん)・本殿(写真右)が続きます。
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祭神は、須佐男命(すさのおのみこと)です。

拝殿に向かって右手奥に地蔵尊がまつられています。
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堂内にまつられている石仏です。
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参道の途中、右手にある神輿庫です。
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毎年10月の例祭で武庫庄太鼓保存会による太鼓の町内巡行が行われています。

<須佐男神社(すさのおじんじゃ)>兵庫県尼崎市武庫之荘4-32-23
阪急武庫之荘駅から徒歩約10分


東武庫須佐男(ひがしむこすさのお)神社

兵庫県尼崎市の東武庫須佐男神社へ、行ってきました。

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永保(えいほう)年間(1081~1084年)に祇園社(現・八坂神社(京都市東山区)から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して創祀したと伝えられています。西に徒歩約4分の場所にある西武庫須佐男神社と同じ由緒です。

鳥居から参道を進み石段を上がると注連柱があります。
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1995年の阪神淡路大震災で鳥居や社殿などが倒壊しましたが、1997年に修復されています。

さらに参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿にある扁額です。
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拝殿の奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、須佐男命(すさのおのみこと)です。

拝殿に向かって左手にある稲荷社です。
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拝殿に向かって右手にある愛宕社です。
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手水舎の近くには震災で倒壊した鳥居や瓦の一部が保存されています。
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参道の途中、左手にある社務所兼東武庫会館です。
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<東武庫須佐男神社(ひがしむこすさのおじんじゃ)>兵庫県尼崎市武庫元町1-12-13
阪急武庫之荘駅から徒歩約20分、阪急武庫之荘駅から阪神バス45・46系統で武庫元町バス停下車徒歩約4分


西武庫須佐男(にしむこすさのお)神社

兵庫県尼崎市の西武庫須佐男神社へ、行ってきました。

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永保(えいほう)年間(1081~1084年)に祇園社(現・八坂神社(京都市東山区)から牛頭天王(ごずてんのう)を勧請して創祀したと伝えられています。

鳥居です。
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1995年の阪神淡路大震災で鳥居や社殿などが倒壊しましたが、1998~1999年に修復されています。

鳥居から参道を進むと右手に手水鉢があります。
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参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿の扁額です。
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牛頭天王は、釈迦が説法を行った祇園精舎の守護神で多くの祇園社や天王社でまつられていましたが、明治の神仏分離で仏教色の強いことから祭神として認められず、祭神から除外または同一視されていたスサノオ神に強制的に変更させられています。

拝殿の奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、須佐男命(すさのおのみこと)です。

拝殿に向かって右手にある愛宕社です。
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参道の途中、左手に稲荷社・春日社があります。
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稲荷社・春日社が合祀されています。
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参道の途中、右手に西武庫観音堂があります。
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西武庫観音堂に向かって左手にある西武庫十三重塔です。
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鎌倉時代後期作と考えられています。阪神淡路大震災で倒壊し、修復準備中に塔身の一部(最下部)が盗難に遭い行方不明で別の石で補っています。

倒壊前と、失われた塔身の刻まれていた仏座像です。
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案内パネルを撮影したものです。

参道の途中、左手にある震災記念碑です。
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倒壊した鳥居などを集めています。

<西武庫須佐男神社(にしむこすさのおじんじゃ)>兵庫県尼崎市武庫元町2-9-2
阪急武庫之荘駅から徒歩約25分、阪急武庫之荘駅から阪神バス45・46系統で西武庫公園バス停下車徒歩約3分


守部素盞嗚(もりべすさのお)神社

兵庫県尼崎市の守部素盞嗚神社へ、行ってきました。

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1571年に無病息災、五穀豊穣などを祈念してまつられたと伝えられています。

鳥居です。
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鳥居を入ると右手に手水舎があります。
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参道を進むと注連柱があります。
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1995年の阪神淡路大震災で拝殿・鳥居・燈籠などが倒壊し、1998~1999年に修復されています。

参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿奥には、幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、素盞嗚命(すさのおのみこと)・応神(おうじん)天皇(第15代天皇)・猿田彦命(さるたひこのみこと)の3柱です。

拝殿に向かって左手に稲荷社があります。
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稲荷社です。
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拝殿に向かって右手奥に小宮三社といわれる相殿社があります。
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春日社・天満社・愛宕社を相殿(あいどの、同じ社殿に2柱以上の神をあわせてまつること)しています。

拝殿に向かって右手にある遥拝所です。
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方向から見て伊勢神宮遥拝所と思われます。

拝殿の手前、参道右手にある守部観音堂です。
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1680年に神宮寺(神社に付属して建てられた寺・仏堂)として再興されたものです。

境内南東には地蔵尊がまつられています。
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境内南東隅には守部十三重塔があります。
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1315年頃の作と考えられています。隣(写真左)には役行者(えんのぎょうじゃ)がまつられています。

<守部素盞嗚神社(もりべすさのおじんじゃ)>兵庫県尼崎市南武庫之荘8-15-12
阪急武庫之荘駅から徒歩約16分


道意(どい)神社

兵庫県尼崎市の道意神社へ、行ってきました。

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1653年に西成郡海老江(現・大阪市福島区)の中野道意(なかのどうい)がこの辺りの新田を開発し、郷里の八坂神社(海老江八坂神社、大阪市福島区)から勧請したのが始まりと伝えられています。当初は牛頭天王(ごずてんのう)社ともよばれていましたが、1873年に素戔嗚(すさのお)神社、1952年に現社名に改称しています。

鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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鳥居から参道を進み左に直角に曲がると石段があり上に拝殿があります。
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拝殿の奥にある本殿です。
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祭神は、素盞鳴尊(すさのおのみこと)です。

拝殿への石段手前にある狛犬です。
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参道の途中、左手に招福稲荷神社があります。
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招福稲荷神社です。
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手水舎に向かって左隣にある絵馬殿です。
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奉納された菰樽がたくさん積まれています。「大関(おおぜき)」(兵庫県西宮市大関)・「菊正宗(きくまさむね)」(神戸市東灘区菊正宗酒造)など灘五郷の酒です。

参道の途中、右手にある遥拝所です。
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方向から見て伊勢神宮の遥拝所でしょう。

拝殿の石段の手前、右手にある社務所です。
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本殿は東向きで、社務所が南向きになっています。

境内北側の参道です。
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北側の参道を入って左手にある社石標です。
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神明神社の社石標ですが社殿はなく、合祀などの記録もなく、謎です・・。

<道意神社(どいじんじゃ)>兵庫県尼崎市道意町5-17
阪神尼崎センタープール前駅南口から徒歩約7分


素盞嗚(すさのお)神社

兵庫県尼崎市大庄西町の素盞嗚神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、この辺りの新田(西新田)開発が行われた際に氏神としてまつった、川中島の戦い(1553~1564年)の難を逃れ移り住んだ人が神託を受けまつったなどと伝えられています。西素盞嗚神社ともよばれています。写真は境内入口の注連柱です。

注連柱から参道を進むと鳥居があります。
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尼崎市内には、素盞嗚神社・須佐男(すさのお)神社が20社以上あります。

鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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1914年改築で1992年に屋根を瓦葺から銅板葺に替えています。

拝殿の彫刻が見事です。
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S字型の梁のようなものは、「海老紅梁(えびこうりょう)」と言うそうです。

拝殿の後方には幣殿(へいでん)・本殿(写真右)が続きます。
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祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)です。

拝殿に向かって右手にある愛宕神社です。
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愛宕神社の近くにあるご神木です。
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拝殿に向かって左手にあるご神木です。
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鳥居の近くには、ご神木の松の切り株があります。
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参道の途中、右手にある地車(だんじり)蔵です。
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参道右手に見慣れないものが・・。
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台座に刻まれた説明を見ると、日清戦争時の戦艦に載せられていた「CAPSTAN(キャプスタン、錨を巻き上げる装置)」だそうです。

注連柱の近く、参道左手にある「西新田の渡跡」の石碑です。
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大坂と西宮と結ぶ中国街道(浜街道)で武庫川を越えるための渡しがあったそうです。

参道の途中、左手にある社務所です。
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尼崎出身の江戸時代の国学者・契沖(けいちゅう)の歌碑です。
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素戔嗚神社から北東へ徒歩約4分の口の開公園にあります。「武庫の浦の わだのみさきに よる浪の ここにもかくる 天乃橋立」と刻まれています。

<素盞嗚神社(すさのおじんじゃ)>兵庫県尼崎市大庄西町1-41-25
阪神武庫川駅東出口から徒歩約5分


楠霊(なんれい)神社

兵庫県尼崎市の楠霊神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、大正時代(1912~1926年)頃にこの地にある楠の巨木に注連縄を張り、小鳥居や厨子を構えて霊木としたと伝えられています。兵庫県神社庁には登録されていない神社です。

鳥居です。
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鳥居を入ると左手に「手水舎があります。
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社殿は無く、楠の巨木が御神体になっています。
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別の角度から見たご神木です。
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樹齢約300年と考えられています。

ご神木の近くにある霊塔です。
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社務所です。
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御朱印の授与も行っています。
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<楠霊神社(なんれいじんじゃ)>兵庫県尼崎市武庫川町4-23
阪神武庫川駅東出口から徒歩約1分


八幡(はちまん)神社

兵庫県尼崎市元浜町の八幡神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1914年に素盞嗚(すさのお)神社(尼崎市大庄西町)に合祀され1949年に元地に復社しています。1960年に近隣にあった大浜八幡神社を合祀しています。元浜八幡神社ともよばれています。

参道を途中にある石橋があります。
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石橋からさらに進むと鳥居があります。
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鳥居から参道を進むと左手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿からは幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、応神(おうじん)天皇(第15代天皇)です。

参道の途中、右手に愛宕(あたご)社があります。
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愛宕社です。
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石橋の手前、参道右手に社務所兼元浜会館があります。
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境内北側の鳥居です。
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<八幡神社(はちまんじんじゃ)>兵庫県尼崎市元浜町4-37
阪神武庫川駅東出口から徒歩約12分


琴浦(ことうら)神社

兵庫県尼崎市の琴浦神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、昔はこの辺りは海岸の景色が他の地より優れているという意味の異浦(ことうら)とよばれ、源融(みなもとのとおる、嵯峨(さが)天皇(第52代天皇)の子)が京都六条河原の邸宅へ毎日海水を運び塩を焼かせていたといわれています。源融が亡くなった後、その縁でまつったと伝えられています。

鳥居です。
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源融は源氏物語の主人公・光源氏のモデルともいわれています。

鳥居から参道を進むと注連柱があります。
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さらに参道を進むと右手に手水舎があります。
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手水鉢です。
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参道の正面にある拝殿です。
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拝殿の扁額です。
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拝殿の奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、源融です。

拝殿に向かって左手にある社務所です。
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<琴浦神社(ことうらじんじゃ)>兵庫県尼崎市琴浦町21-1
阪神尼崎センタープール前駅から徒歩約8分


七松八幡(ななまつはちまん)神社

兵庫県尼崎市の七松八幡神社へ、行ってきました。

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1019年にこの地を通った源頼信(みなもとよりのぶ、源義仲の子)の前に一人の小童が現れ農民の窮状を訴え忽然と去ったことから、奇異を感じて水田を寄附するとともに、1本の松の樹の下にあった祠を改装し、あわせて松の樹を6本植え七松八幡神社としたと伝えられています。

鳥居です。
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鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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1977年建築です。祭神は応神(おうじん)天皇(第15代天皇)です。

参道の途中左手に玉光稲荷神社があります。
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玉光稲荷神社です。
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参道の途中右手にある薬神社です。
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薬神社の手前右脇には龍明神がまつられています。
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境内には「荒木村重公 ゆかりの地」と書かれたのぼりがあります。
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1578年に織田信長に反旗を翻した荒木村重は有岡(ありおか)城(兵庫県伊丹市)に籠り戦います。翻意を促して使者として派遣された黒田官兵衛も土牢に監禁されます。約1年間抗戦しますが窮地に陥った村重は単身で有岡城を脱出し尼崎城へ移ります。有岡城の妻子は人質となり、信長は尼崎城を明け渡せば妻子を助けると説得しますが、村重は受け入れず、一族・家臣は見せしめとして処刑されます。

境内にある石碑です。
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「七松城落城なくなられた武士及び家族 故六百二十余人之碑」と刻まれています。境内付近は信長側が陣を置いた七松城があり、1579年に人質となった村重の一族・家臣が処刑されています。

<七松八幡神社(ななまつはちまんじんじゃ)>兵庫県尼崎市七松町3-10-7
JR立花駅から徒歩約9分


松原(まつばら)神社

兵庫県尼崎市の松原神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1156年の保元の乱で後白河(ごしらかわ)天皇(第77代天皇)に敗れた崇徳(すとく)上皇(第75代天皇)が讃岐(香川県)に流される途中、風雨を避けてこの地で休息された時に村人がもてなしたとされ、その縁で上皇の没後、霊を慰めまつったと伝えられています。

鳥居です。
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鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道を進むと石橋があります。
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石橋からさらに参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿内にある扁額です。
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文明年間(1469~1487年)に素盞嗚尊(すさのおのみこと)を脇殿に合祀しましたが、いつしか素盞嗚命を主祭神としてまつり、崇徳天皇を相殿神とし、さらに三輪大明神を配祀しています。

拝殿の奥には、幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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本殿の両脇に末社がまつられているようです。境内にある案内板によると、琴浦神社・八幡宮社のようです。

拝殿に向かって左手奥に稲荷神社があります。
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稲荷神社です。
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参道の途中、右手に社務所と思われる建物があります。
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<松原神社(まつばらじんじゃ)>兵庫県尼崎市浜田町1-6
JR立花駅から徒歩約10分


大島(おおしま)神社

兵庫県尼崎市の大島神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1735年に編纂された「摂津志(五畿内志)」では荘園の1つ大島荘の中の今北・東大島・西大島の総氏神として「大島神祠(しんし)」が記録されていることから、平安時代に祭祀が行われていたと考えられています。

鳥居です。
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参道途中から見た境内の様子です。
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参道の途中右手に手水舎があります。
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参道を進むと正面にある拝殿です。
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1969年再建です。

拝殿の扁額です。
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拝殿の奥には、幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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主祭神は、須佐男神(すさのおのかみ)です。

拝殿に向かって右手には奉納された菰樽が置かれています。
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日本盛(にほんさかり)」(兵庫県西宮市日本盛)です。

拝殿に向かって左手に稲荷社があります。
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稲荷社です。
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参道の途中左手にある神輿庫です。
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参道の途中右手にある社務所です。
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<大島神社(おおしまじんじゃ)>兵庫県尼崎市大庄北1-25-21
大島神社 公式ページ
JR立花駅南口から徒歩約18分


ひょうご五国ワールド神戸三宮横丁

神戸市中央区の「ひょうご五国ワールド神戸三宮横丁」へ、行ってきました。

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2019年9月に居酒屋チェーンのワールド・ワンがオープンした飲食店です。

カラフルな提灯の横を抜けて入口へ向かいます。
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入口です。
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昭和レトロな雰囲気で、「姫路おでん」や「明石玉子焼き」など兵庫県内のソウルフードや名物、県内60銘柄以上の日本酒を楽しむことができます。

入口脇の壁にはレトロな看板がいっぱい。
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入口を入ると兵庫県内の蔵の菰樽が積み上げられています。
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店内は屋台が並ぶ横丁スタイルになっています。

日本酒コーナーはこんな感じ。
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注文すると説明カードがついてきます。
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稜線(りょうせん)純米吟醸」(兵庫県養父市銀海(ぎんかい)酒造)
<データー>純米吟醸酒、山田錦、精米歩合60%、アルコール分15度

兵庫県三田市の岡村酒造場。
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千鳥正宗(ちどりまさむね)三田壱(さんだいち)純米酒
<データー>純米酒、五百万石、精米歩合70%、アルコール分16~17度

兵庫県明石市の西海(にしうみ)酒造。
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空の鶴(そらのつる)特別純米」(カードの写真は本醸造酒)
<データー>特別純米原酒、山田錦、精米歩合60%、アルコール分17度

兵庫県姫路市の名城酒造。
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名城(めいじょう)山田錦
<データー>普通酒、山田錦、アルコール分15度

燗酒も可能です。神戸市東灘区の小山本家酒造灘浜福鶴蔵。
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浜福鶴(はまふくつる)生酛 純米酒 辛口
<データー>純米酒、精米歩合70%、アルコール分15度

兵庫県加西市の三宅酒造の燗酒で締め。
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菊日本(きくにほん)純米酒
<データー>純米酒、五百万石、精米歩合70%、アルコール分15~16度

<ひょうご五国ワールド神戸三宮横丁>神戸市中央区北長狭通2-1-6三宮三陽ビル2F
ひょうご五国ワールド神戸三宮横丁 公式ページ
阪急神戸三宮駅西口・神戸市営地下鉄三宮駅西1番出口から徒歩約2分


長田(ながた)神社 その3

神戸市長田区の長田神社2の続きです。

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拝殿に向かって右手に松尾社があります。酒造りの神として信仰されています。

松尾社の背後には奉納された菰樽がたくさん!
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月桂冠(げっけいかん)」(京都市伏見区月桂冠)もありますが、ほとんどが灘五郷の酒です。

松尾社に向かって左手にある月読(つきよみ)社です。
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伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)の国から逃げ帰ってみそぎをした際に、右目から生まれた神・月読命(つきよみのみこと)をまつっています。左目から生まれた天照大神(あまてらすおおかみ)の弟神です。

松尾社に向かって右手にある神楽殿です。
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1928年建築です。

神楽殿に向かって右手にある遥拝所です。
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方角から見て、神宮遥拝所でしょうか。

月読社に向かって左手にある宝物庫です。
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拝殿の手前にある授与所です。
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神門の手前、参道右手にある絵馬殿です。
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神門の手前、参道左手にある眼鏡碑です。
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主祭神の事代主神(ことしろぬしのかみ)は、先の先まで見通しになる神とのことから、眼鏡業界からの信仰があり、1959年に兵庫県眼鏡専門小売店協同組合が奉納しています。

神門の手前、参道左手にある参集殿です。
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参集殿の左隅に社務所があります。

境内南東側にある東鳥居です。
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<長田神社(ながたじんじゃ)>神戸市長田区長田町3-1-1
長田神社 公式ページ
神戸市営地下鉄長田駅・阪神(神戸高速鉄道)高速長田駅から徒歩約7分


長田(ながた)神社 その2

神戸市長田区の長田神社2の続きです。

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拝殿に向かって左手に蛭子(ひるこ)社があります。事代主神(ことしろぬしのかみ)の別名で恵比須とも呼ばれる招福の神で、神戸七福神の1つになっています。神戸七福神の詳細はこちら→長田神社 神戸七福神のページ

蛭子社に向かって右手にある出雲社です。
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事代主神の父神で、大国主命(おおくにぬしのみこと)をまつっています。大黒(だいこく)様ともよばれています。

蛭子社と出雲社の間には、恵比須・大黒の石像があります。
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拝殿に向かって左手奥に楠宮(くすみや)稲荷社があります。
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楠宮稲荷社の拝殿です。
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拝殿に向かって右手脇に通路があり奥へ進むことができます。
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楠宮稲荷社本殿です。
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楠宮稲荷社本殿の奥にあるご神木です。
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楠宮稲荷社のご神木の手前には、たくさんの絵馬が奉納されています。
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「赤えい絵馬」を奉納して祈願すると、病気(特に痔病)が治ると信仰されています。

「赤えい絵馬」です。
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楠宮稲荷社のご神木の近くにある楠鷹(くすたか)稲荷社です。
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楠宮稲荷社拝殿の手前左手にある拝所です。
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楠の巨木・古木を崇めているのでしょう。

その3に続きます。


長田(ながた)神社 その1

神戸市長田区の長田神社へ、行ってきました。

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201年に神功(じんぐう)皇后(仲哀(ちゅうあい)天皇(第14代天皇)の皇后)が三韓征伐(新羅征伐)から帰還される折に、御神託により創祀されたと伝えられています。写真は一の鳥居です。

一の鳥居からは参道筋が続きます。
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一の鳥居から徒歩約10分で二の鳥居に着きます。
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二の鳥居を入って参道を進むと、右手に手水舎があります。
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手水鉢です。
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感染拡大の中、これは優れもの!

さらに参道を進むと正面に神門があります。
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神門から参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿からは幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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主祭神は、事代主神(ことしろぬしのかみ)です。

本殿を囲む瑞垣内、本殿に向かって右隣に天照皇大御神社があります。
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同じく、本殿に向かって左隣には八幡社があります。

拝殿に向かって左手奥に八幡社の拝所があります。
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拝殿に向かって右手奥には、天照皇大御神社の拝所があります。

その2に続きます。


湊川隧道(みなとがわずいどう)通り抜け 後編

神戸市兵庫区から長田区を通る湊川隧道で行われた通り抜けの続きです。

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湊川隧道保存区域を抜けて進むと、新湊川トンネル(2000年通水)に着きます。

新湊川トンネルの吐口(下流側坑門)が近づいてきました。
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新湊川トンネルの吐口です。
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完成当時(1901年)の湊川隧道吐口をイメージして造られています。

新湊川トンネル吐口の扁額です。
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湊川隧道の吐口にあった扁額を再利用しています。

新湊川の堤防の下を川に沿って進んでいきます。
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時々、石畳の道に代わります。
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通り抜けゴール地点です。
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ゴール地点では瓦せんべいのプレゼント!
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湊川隧道内に貯蔵されていた日本酒の販売予約が行われています。
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売り上げの一部は湊川隧道の保存に活用されます。

後日送付された酒です。神戸市東灘区の神戸酒心館。
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福寿(ふくじゅ)隧(ずい)湊川隧道貯蔵酒
<データー>純米酒、精米歩合70%、アルコール分15度

<湊川隧道(みなとがわずいどう)通り抜け>神戸市兵庫区湊川町9-3-1(吞口)など
湊川隧道保存友の会事務局 公式ページ
吞口まで神戸電鉄湊川駅・神戸市営地下鉄湊川公園駅から徒歩約12分


湊川隧道(みなとがわずいどう)通り抜け 前編

神戸市兵庫区から長田区を通る湊川隧道で通り抜けが行われ、行ってきました。

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湊川隧道は、湊川の流路を変更して洪水を防ぐために1901年に竣工した日本初の近代河川トンネルです。「土木の日(11/18)」のイベントとして、年に1度通り抜けを実施しています。2020年は事前予約制で行われました。

2000年に開通した新湊川トンネルです。
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新湊川トンネル開通に伴い、湊川隧道は役目を終えています。写真左上が湊川隧道の入口です。

湊川隧道入口です。
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通り抜けはここからスタート。内部は一方通行です。

湊川隧道への連絡通路に展示されている扁額の拓本です。
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扁額は湊川隧道の吞み口・吐き口に掲げられていたもので、親王・小松宮彰仁(こまつのみやあきひと、当時は陸軍大将)が書いたものです。扁額は新湊川トンネルに再利用されています。

入口付近の内部の様子です。
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この付近は鉄板で補強されています。

さらに進むとレンガ造りのトンネルが。
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レンガ積みの様子です。
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気温・湿度計があります。
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冬場で約10℃、夏場でも約20℃です。

湊川隧道を活用して日本酒の貯蔵が行われています。
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貯蔵されている日本酒です。
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神戸酒心館(こうべしゅしんかん、神戸市東灘区)の酒です。

入口から約500m進んだ付近の様子です。
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約350mが保存区間になっています。

後編に続きます。


住吉神社

奈良市勝南院町(しょうなみちょう)の住吉神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、昔、この辺りに元興寺(がんごうじ、奈良市)の塔頭・勝南院があり、その境内に鎮座していたと伝えられています。勝南院は1450年に興福寺との争いで焼失しています。

門を入ると参道の左手に手水鉢があります。
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何度も境内の前を通ったことがあるのですが、門が開いていて中に入るのは初めてです。

参道を進むと鳥居があります。
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鳥居の奥にある拝殿です。
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拝殿の奥にある本殿です。
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祭神は、底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うはつつのおのみこと)で、明治末期から大正初期に町内の誰かが密かに蔵王権現をまつったといわれています。

参道の左手にまつられている地蔵尊です。
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参道道手にある社務所です。
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<住吉神社(すみよしじんじゃ)>奈良市勝南院町5
近鉄奈良駅から徒歩約12分、JR奈良駅から徒歩約18分


なら泉勇斎(ならいずみゆうさい)

奈良市の「なら泉勇斎」へ、行ってきました。

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奈良県内の酒蔵のうち28蔵の酒を販売しています。店内にはカウンターがあり有料試飲ができます。

さっそく有料試飲を。奈良県御所市の葛城(かつらぎ)酒造。
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百楽門(ひゃくらくもん)どぶろく 生酒
<データー>濁酒(どぶろく)生酒、雄町、精米歩合76%、アルコール分16度

奈良市の倉本酒造。
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写真左より
金嶽(きんがく)しぼりたて 無濾過生原酒
<データー>普通酒生原酒、精米歩合70%、アルコール分20度
金嶽 ぬきおとし にごり酒
<データー>普通酒生原酒、精米歩合70%、アルコール分20度

奈良県北葛城郡広陵町の長龍酒造。
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長龍(ちょうりょう)2020蔵開き限定 初しぼり 純米無濾過生原酒
<データー>純米生原酒、キヌヒカリ、精米歩合68%、アルコール分17~18度

奈良県御所市の油長(ゆうちょう)酒造で締め。
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鷹長(たかちょう)純米吟醸酒 火入無濾過原酒
<データー>純米吟醸原酒、山田錦、精米歩合60%、アルコール分16度

<なら泉勇斎(ならいずみゆうさい)>奈良市西寺林町22
なら泉勇斎 公式ページ 
近鉄奈良駅から徒歩約8分、JR奈良駅から徒歩約10分


ホテルフジタ奈良

奈良市のホテルフジタ奈良へ、行ってきました。

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藤田観光が1983年10月に開館したホテルですが、2020年12/10のチェックアウトをもって営業を終了します。

三条通りに面した玄関です。
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客室数は117です。施設の老朽化と周辺ホテルとの競争激化による判断だそうです。

エントランスホールから見た玄関の様子です。
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エントランスホールには37年間の写真が展示されています。
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エントランスホールの様子です。
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エントランスホール上部には見事なシャンデリアが。
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エントランスホール奥からは庭園が見えます。
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庭園側から見たエントランスホールの様子です。
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許可を得て2階部分に上がらせていただくことに。
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エレベーターホールです。

2階部分から見たエントランスホールです。
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2階部分から見たシャンデリアです。
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エントランスホールに置かれていたメッセージです。
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いつまでもあるホテルだと思っていたのですが残念です・・。

<ホテルフジタ奈良>奈良県奈良市下三条町47-1(2020年12/10営業終了)
近鉄奈良駅西改札口から徒歩約5分、JR奈良駅東口から徒歩約10分


樹敬寺(じゅきょうじ)

三重県松阪市の樹敬寺へ、行ってきました。

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創建の詳細は不あ明ですが、1195年に東大寺の僧・重源(ちょうげん)が松ヶ島(松阪市)に建立した不断念仏院(ふだんねんぶついん)が起源で、1588年に蒲生氏郷(がもううじさと)が松坂城を築城する際に現在地に移転したと伝えられています。

参道を進むと山門があります。
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現在は、知恩院(京都市東山区)の末寺になっています。

山門を入って参道を進むと右手に嶺松院(れいしょういん)跡があります。
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樹敬寺塔頭の1つで、本居宣長(もとおりのりなが)の活動母体となった「嶺松院歌会}が開かれていました嶺松院は1893年の明治の大火で焼失しています。

嶺松院跡の近く、参道左手に本居宣長の歌碑があります。
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「しめやかに けふ春雨の ふる言を かたらん嶺の 松かけの庵 舜庵(宣長の別号)」と刻まれています。

参道を進むと左手にある鐘楼堂です。
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参道は途中で右手に折れ、さらに進むと正面に本堂があります。
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1902年再建です。本尊は阿弥陀如来像です。

本堂に向かって左手奥にある庫裏です。
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庫裏に向かって右手にある書院玄関です。
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庫裏に向かって左手奥に進むと墓所の山門があります。
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墓所の山門を入って進むと右手に地蔵堂があります。
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墓所の山門から進むと左手に本居宣長の墓があります。
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本居宣長の墓です。(写真右端)
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宣長と妻・勝の戒名「高岳院石上道啓居士」・「円明院清室恵鏡大姉」と刻まれています。

宣長の墓の背後には宣長の子・春庭(はるにわ)の墓(写真左端)があります。
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本居宣長・春庭の墓は史跡に指定されています。

<樹敬寺(じゅきょうじ)>三重県松阪市新町874
JR・近鉄松阪駅南口から徒歩約10分


本居宣長(もとおりのりなが)旧宅跡

三重県松阪市の本居宣長旧宅跡へ、行ってきました。

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本居宣長が12歳から亡くなる72歳まで住んでいた住居跡です。住居は1909年に松坂城隠居丸跡に移築されていますが、離れや土蔵などが残り、移築された旧宅とともに特別史跡に指定されています。

入口付近から見た旧宅跡です。
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旧宅の礎石も残っています。

入口右手の塀です。
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塀の奥には本居宣長が大切にしていた松の木が残されています。

入口を入って右手にある井戸です。
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入口を入って左手にある「特別史跡 本居宣長宅跡」の石碑です。
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離れです。
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本居宣長の長男・春庭(はるにわ)が住んでいたようです。

離れの奥にある庭です。
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土蔵です。
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<本居宣長旧宅跡(もとおりのりながきゅうたくあと)>三重県松阪市魚町1645
本居宣長記念館 公式ページ
JR・近鉄松阪駅から徒歩約12分


本居宣長(もとおりのりなが)旧宅

三重県松阪市の本居宣長旧宅へ、行ってきました。

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本居宣長は江戸時代の国学者で「古事記伝」を著しています。宣長は、1730年に松阪市の豪商・小津家の次男として誕生しています。旧宅は1909年に松坂城隠居丸跡に移築・復元されています。

本居宣長旧宅です。
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1691年に祖父・小津三四右衛門定治が隠居所として建てたもので、宣長は12歳から72歳まで住んでいました。

座敷・中の間です。
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宣長の本業は医者で、当時は往診が主ですが、直接来た人は中の間から入り診察を受けていたそうです。

座敷・奥の間です。
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床の間には宣長の掛け軸がかかっています。宣長が弟子に授業をする部屋として使われていたそうです。

奥の間から見た庭の様子です。
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台所です。
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中庭です。
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中の間に接して2階の書斎へ続く階段があります。
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宣長は鈴好きで、書斎の床の間には柱掛鈴(はしらかけすず)が36個もあり、「鈴屋(すずのや)」と名付けられています。

書斎「鈴屋」の様子です。
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保存のため内部へ入ることはできません。

旧宅に隣接して桜松閣(おうしょうかく)があります。
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1909年に本居宣長旧宅が移築した際に、鈴屋遺蹟保存会事務所として建築されたものです。1970年に本居宣長記念館が開館された後は、郷土資料展示室や松阪市史編纂室に転用され、1988年からは茶席・桜松閣になっています。

本居宣長記念館です。
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宣長及び一族・門人などの遺稿や遺品類約16,000点を収蔵・展示しています。467種1949点が重要文化財に指定されています。

<本居宣長(もとおりのりなが)旧宅>三重県松阪市殿町1536-6
本居宣長記念館 公式ページ
JR・近鉄松阪駅から徒歩約17分


松坂市立歴史民俗資料館

三重県松阪市の松阪市立歴史民俗資料館へ、行ってきました。

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1912年に飯南(いいなん)郡(現・松阪市など)図書館として開館したもので、その後、背部に増築して松阪市立図書館として使用していましたが、図書館移転に伴い1978年から転用して現・資料館として開館しています。

建物手前には鬼瓦が展示されています。
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松坂城の発掘調査で出土したものや、松阪市内の旧宅などの鬼瓦です。

細かい装飾のある瓦もあります。
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1879年に建てられた旧翠松閣(すいしょうかく、松阪市、2013年閉店)の大屋根にあった瓦だそうです。

入口の手前に置かれている大釜です。
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膠(にかわ)の製造に使っていた大釜だそうです。

1階に展示されている薬種商・桜井家 店の間です。
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写真左は腹痛薬「黒丸子(こくがんし)」の看板で、書画の大家・池大雅が書いたものです。

薬種商・桜井家 店の間内部の様子です。
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足の膏薬「萬能千里膏(ばんのうせんりこう)」の看板があります。同じく池大雅が書いたものです。

「煙草入」の看板です。
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1781年頃に松阪市に住む池部清兵衛が擬革紙(ぎかくし)を煙草入れに加工して売り出し、伊勢参りの土産物として大流行したそうです。

2階の展示室には松坂木綿の資料などが展示されています。
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<松坂市立歴史民俗資料館>三重県松阪市殿町1539
松阪市 歴史民俗資料館のページ
JR・近鉄松阪駅から徒歩約17分


松坂城(まつさかじょう)

三重県松阪市の松坂城へ、行ってきました。

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1588年に蒲生氏郷(がもううじさと)が伊勢湾に面した松ヶ島城(松阪市)に代わる城として新たに築城したものです。1619年から紀州藩領となり明治維新を迎えています。日本城郭協会が定めた日本100名城では松阪城と表記されています。

北東側(表門跡から二の丸)の石垣です。
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表門跡付近の様子です。
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1871年の廃藩置県で廃城となり、建造物は1881年頃には概ね破却されていたそうです。

表門跡から右手に進むと井戸があります。
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築城時代からあり、現在も水をたたえている唯一の井戸だそうです。

さらに進んでいくと本丸跡に着きます。
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本丸跡に接して一段高い場所にある天守跡です。
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三層からなる天守があったそうです。

天守跡にある「天守閣跡」の石碑です。
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天守と隣り合うように敵見櫓、対角に金の間櫓があり、それぞれの櫓の間には多聞が巡らされてつながった連立式天守だったそうです。

天守跡からの風景です。
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裏門跡です。
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<松坂城(まつさかじょう)>三重県松阪市殿町
JR・近鉄松阪駅から徒歩約17分


本居宣長ノ宮(もとおりのりながのみや)

三重県松阪市の本居宣長ノ宮へ、行ってきました。

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幕末期から本居宣長を崇拝する国学信仰があり、1871年に本居宣長奥墓(もとおりのりながおくつき、松阪市山室町)の傍らに祠を建てたのが始まりで、1875年に山室山(やまむろやま)神社と称しています。1915年に現在地へ遷座し、1931年に本居神社、1995年に現社名に改称しています。山室山神社の詳細はこちら → 本居宣長記念館 山室山神社のページ

鳥居です。
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本居宣長は江戸時代の国学者で松阪の豪商・小津家の出身です。「古事記」の研究に取り組み、約35年をかけて「古事記伝」を著しています。

鳥居を入って参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道を進むと右手にある拝殿です。
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主祭神は秋津彦美豆櫻根大人(あきづひこみづさくらねのうし=本居宣長)で、江戸時代後期の国学者・平田篤胤(あつたね=神霊能真柱大人(かむたまのみはしらのうし))を相殿しています。

拝殿内には貢納された菰樽が置かれています。
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灘扇(なだおうぎ)」(兵庫県明石市明石酒類醸造)です。

鉾杉(ほこすぎ)」(三重県多気郡多気町河武醸造)です。
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拝殿の手前、左手に末広稲荷神社があります。
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松阪市にあった興和紡績松阪工場内にまつられていたもので、工場閉鎖に伴い1999年に遷座しています。

末広稲荷神社です。
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拝殿の手前、左手にある本居宣長歌碑です。
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「志きしまの やまとこころを 人とはば あさひににほふ 山さくら花」と刻まれています。「日本人である私の心は、朝日に照り輝く山桜の美しさに、ため息が出るほどその麗しさに感動する、その心がやまとこころなのです」という意味だそうです。

本居宣長歌碑の近くにある驛鈴(えきれい)の石碑です。
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本居宣長が鈴好きと知った石見浜田藩12代藩主・松平康定(やすさだ)が贈った驛鈴を模したものです。実物は本居宣長記念館(松阪市)に収蔵され、重要文化財です。

参道の途中、右手にある社務所です。
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<本居宣長ノ宮(もとおりのりながのみや)>三重県松阪市殿町1533-2
本居宣長ノ宮 公式ページ
JR・近鉄松阪駅から徒歩約20分


松阪(まつさか)神社 後編

三重県松阪市の松阪神社の続きです。

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拝殿の手前、右手に少彦名命(すくなひこなのみこと)社(少名彦那尊社)などがあります。

鳥居から進むと石段があり少彦名命社などがあります。
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石段を上がると正面にある少彦名命社です。
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松阪市内にあった鈴森神社から1963年に遷座したものです。

少彦名命社に向かって手、左手にある石碑です。
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建速須佐之男命(たけはやすさのおのみこと)がまつられています。

少彦名命社に向かって手前、右手にある石碑です。
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写真左より、少彦天神・山神・山神がまつられてます。

少彦名命社への石段の右手にある祠です。
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白龍大神がまつられています。

拝殿の手前、参道左手に遥拝所があります。
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皇居遥拝所(写真左)と神宮遥拝所(写真右)です。

遥拝所に向かって右手にあるご神木です。
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別の角度から見たご神木です。
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推定樹齢約900年の楠です。

境内には奉納された菰樽が置かれています。
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勲泉(くんせん)」(松阪市清水酒造場、2014年10/23廃業)、「白米城(はくまいじょう)」(松阪市中山酒造)などです。

拝殿の手前、参道右手にある社務所です。
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<松阪神社(まつさかじんじゃ)>三重県松阪市殿町1445
松阪神社 公式ページ
JR・近鉄松阪駅から徒歩約20分