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淀川神社

大阪市都島区の淀川神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、平安時代に淀川河口の海賊を取り締まるため役人がおかれ、守護として15柱をまつり十五神社とよばれていたと伝えられています。1909年に大宮神社(大阪市旭区)に合祀されますが、1953年に再興しています。

鳥居の扁額です。
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鳥居付近から見た境内の様子です。
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鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿に掲げられている祭神の額です。
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天照大御神(あまてらすおおみかみ)・住吉大神など15柱です。

鳥居を入って右手にある淡嶋(あわしま)神社です。
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鳥居を入って左手にある稲荷神社です。
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参道の途中、左手に与謝蕪村像があります。
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江戸時代の俳人で、近隣で誕生しています。2016年に生誕300年を記念して建立されています。

拝殿の手前、右手にある社務所です。
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毎年4月の第1または第2日曜日に御神酒祭が行われ、無料で御神酒が振舞われています。

<淀川神社(よどがわじんじゃ)>大阪市都島区毛馬町1-2-11
淀川神社 公式ページ
JR城北公園駅から徒歩約15分、大阪メトロ都島駅から徒歩約17分


都島(みやこじま)神社

大阪市都島区の都島神社へ、行ってきました。

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後白河(ごしらかわ)法皇(=後白河天皇(第77代天皇))が行幸した際、この辺りで水害が多いことを哀れんで鎮守を置くことを命じ、1160年に十五社神社を建立したことが始まりと伝えられ、1943年に現社名に改称しています。

注連柱から参道を進むと鳥居があります。
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鳥居を入って参道を進むと右手に手水舎があります。
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手水舎付近からっ見た境内の様子です。
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参道は途中で折れ曲がりながら拝殿に続きます。

拝殿です。
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拝殿の奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、天照大神(あまてらあすおおか)・住吉大神(すみよしおおかみ)・熊野大神(くまのおおかみ)など15柱です。

参道の途中右手にある伊勢神宮遥拝所です。
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遥拝所に向かって左手にある石造三重宝篋印塔(ほうきょういんとう)です。
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1304年の年号があり、大阪市内最古の石造遺物だそうです。

拝殿に向かって左隣にある社務所です。
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境内西側の鳥居です。
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<都島神社(みやこじまじんじゃ)>大阪市都島区都島本通1-5-5
大阪メトロ都島駅3号出口から徒歩約3分


櫻宮(さくらのみや)御旅所(おたびしょ)

大阪市都島区の櫻宮御旅所へ、行ってきました。

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元は、産土(うぶすな)神社があった場所で、明治時代末期に櫻宮(大阪市都島区)に合祀されています。産土神社は、長徳(ちょうとく)年間(995~999年)に大江山の鬼退治で有名な源頼光(みなもとのよりみつ)が源氏の八幡大神をまつって創建したと伝えられています。

鳥居に向かって左手に手水舎があります。
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鳥居を入ると瑞垣があり、奥に二の鳥居があります。
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二の鳥居の扁額です。
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二の鳥居の奥にある祠です。
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楠龍王大神・櫻宮大神がまつられているのでしょう。

祠に向かって右隣にある「八幡宮旧蹟」の石碑です。
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祠の奥には枯死してしまった樟(くすのき)があります。
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源頼光が自ら植えたといわれる樟(くすのき)で、荘園の管理を任されていた頼光四天王の筆頭・渡辺綱(わたなべのつな=源綱)がこの神社を詣でる時に、いつも樟に馬をつないでいたことから、「渡辺綱・駒つなぎの樟」とよばれています。推定樹齢900年で大阪府の天然記念物第1号に指定されましたが、戦災にあい枯死してしまったそうです。

一の鳥居に向かって右手奥に楠玉神社があります。
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日本製紙都島工場・日本板紙大阪工場の守護神として祭祀されていましたが、2000年に工場閉鎖に伴い御旅所の一画に遷座しています。

楠玉神社です。
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神乃子稲荷大神・楠玉龍神・八幡龍神・都島龍神・出雲大神がまつられています。

一の鳥居に向かって左手にある御旅所社務所です。
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<櫻宮 御旅所(さくらのみや おたびしょ)>大阪市都島区善源寺町1-11-26
大阪メトロ都島駅3号出口から徒歩約7分


櫻宮(さくらのみや) 後編

大阪市都島区の櫻宮の続きです。

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拝殿の手前、左手に境内社があります。

祖霊社です。
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祖霊社に向かって左手に、八柱神社があります。
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写真左から、八幡大神・春日大神・住吉大神・琴平大神・玉津嶋大神・菅原大神・恵比須大神・目神八幡大神がまつられています。

拝殿に向かって右手奥に、早馬稲荷神社があります。
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早馬稲荷神社です。
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早馬稲荷神社に向かって手前右手に遥拝所があります。
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方向から見て伊勢神宮遥拝所と思われます。

拝殿の手前、参道右手にある社務所・氏子会館です。
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境内西側にある鳥居です。
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北へ徒歩約22分の場所(大阪市都島区善源寺町1-11-26)に御旅所があります。後日、紹介します。

<櫻宮(さくらのみや)>大阪市都島区中野町1-12-32
JR桜ノ宮駅西口から徒歩約8分


櫻宮(さくらのみや) 前編

大阪市都島区の櫻宮へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、元は現在の大阪市都島区東野田の地で氏神としてまつられていましたが、洪水で社殿が流されJR桜ノ宮駅付近に漂着、その地でまつられていましたが、再び洪水で被災、1756年に現在地に遷座したと伝えられています。桜宮神社ともよばれています。

鳥居から参道が続きます。
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参道の両側には桜の木が植えられているので、来春にはもう一度訪れてみたいと思います。

さらに参道を進むと注連柱があります。
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注連柱から参道を進むと左手に手水舎があります。
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参道正面に二の鳥居があり、奥に拝殿が見えます。
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拝殿です。
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拝殿からは幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、天照大御神(あまてらすおおみかみ)・八幡大神(やはたのおおかみ=応神天皇)・仁徳天皇です。

後編に続きます。


松乃木(まつのき)神社

大阪市北区の松乃木神社へ、行ってきました。

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かつてこの辺りに地名(松ケ枝町(まつがえちょう))の由来となる松の大木があり、1837年の大塩平八郎の乱や1909年の北の大火(天満焼け)でも焼け残り「火除けの霊松」として崇められていました。1920年に枯死し、1921年に祠を建ててまつったのが始まりと伝えられています。1945年に戦災で全てを焼失しますが、1950年に再建し現社名となっています。

鳥居です。
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鳥居付近から見た境内の様子です。
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参道正面にある本殿です。
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祭神は未確認です・・。

参道右手に由緒などを記した麗松碑があります。
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<松乃木神社(まつのきじんじゃ)>大阪市北区松ケ枝町2-41
JR大阪天満宮駅・大阪メトロ南森町駅9号出口から徒歩約6分


現龍宮(げんりゅうぐう)

大阪市東淀川区の現龍宮へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明です。1914年に完成した柴島(くにじま)浄水場の敷地の一画にあるので、浄水場の建設に際して鎮守としてまつられたのではないかと考えられています。

鳥居を入ると参道左手に手水舎があります。
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鳥居が続く参道を進むと拝所が見えてきます。
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鳥居の笠木の一部が破損していているものもありますが、境内はきれいに清掃されています。

拝所です。
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拝所の奥に現龍大神がまつられています。
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ここにも鳥居があったのでしょう。写真右に鳥居の柱が残っています。

現龍大神に向かって左手に太郎助大神がまつられています。
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現龍大神に向かって右手に現龍大明神がまつられています。
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現龍大明神に向かって隣に太郎助大明神がまつられています。
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境内の全景です。
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<現龍宮(げんりゅうぐう)>大阪市東淀川区柴島1-3
阪急柴島駅から徒歩約6分


天神社(あまつかむのやしろ)

大阪市北区の天神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、738年に行基がこの地の守護神として天穂日命(あめのほひのみこと)を勧請して創建した説や、近隣の国分寺の鎮守社として創建した説などがあります。江戸時代は近隣の正徳寺(しょうとくじ)の神宮寺になっていましたが、1873年に分離独立しています。淀川天神社(よどがわてんじんしゃ)ともよばれています。

鳥居を入って参道を進むと左手に手水舎があります。
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参道を進むと正面にある拝殿です。
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戦災を免れ、社殿は享保年間(1716~1736年)建築と考えられています。

拝殿にかかる扁額です。
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主祭神は、天穂日命と菅原道真です。

拝殿に向かって左隣にある社務所です。
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境内東側(裏門)の鳥居です。
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<天神社(あまつかむのやしろ)>大阪市北区国分寺1-4-1
大阪メトロ・阪急天神橋六丁目駅2号出口から徒歩約4分


南長柄八幡宮(みなみながらはちまんぐう)

大阪市北区の南長柄八幡宮へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1098年の「難波八十島」の古地図に記載があり、広大な境内に鎮守されていたと伝えられています。1908年に豊崎神社(豊崎宮、大阪市北区)に合祀されますが、1948年に再興しています。

鳥居です。
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鳥居を入って左手にある手水鉢です。
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鳥居の正面にある拝殿です。
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鳥居から拝殿までの参道は3歩・・。

拝殿の奥にある本殿が少しだけ見えます。
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祭神は、応神天皇です。

拝殿に向かって右隣にある社務所です。
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<南長柄八幡宮(みなみながらはちまんぐう)>大阪市北区長柄中1-4-25
大阪メトロ・阪急天神橋六丁目駅2号出口から徒歩約4分

長柄八幡宮(ながらはちまんぐう)

大阪市北区の長柄八幡宮へ、行ってきました。

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1296年に石清水八幡宮(京都府八幡市)から勧請されて創建しています。

鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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さらに参道を進むと注連柱があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿の奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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主祭神は八幡大神(やはたのおおかみ=応神天皇・比咩大神(ひめのおおかみ)・神宮皇后)で、大己貴大神(おおなむちのおおかみ)、少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)を配祀(はいし、一緒にまつること)しています。

拝殿の手前、右手にある遥拝所です。
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方向から考えると伊勢神宮(三重県伊勢市)を遥拝するのでしょう。

拝殿に向かって右手にある参集殿です。
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参集殿に向かって右手の金網があります。
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中には入れませんが、稲荷大神と地蔵尊がまつられています。

参道の左手にある社務所です。
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北側から見た本殿と北参道です。
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<長柄八幡宮(ながらはちまんぐう)>大阪市北区長柄中3-3-1
長柄八幡宮 公式ページ
大阪メトロ・阪急天神橋六丁目駅4号出口から徒歩約10分


福田寺(ふくでんじ)

兵庫県尼崎市の福田寺へ、行ってきました。

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奈良時代に行基により大阪府と奈良県の県境にある生駒山暗峠(くらがりとおげ)付近に開山したと伝えられ、1915年に現在地に移転しています。

山門付近から見た参道の様子です。
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江戸時代は興福寺(奈良市)の末寺や、往馬坐伊古麻都比古(いこまにいますいこまつひこ)神社)(奈良県生駒市、往馬大社=生駒神社)の神宮寺になっていたようです。

参道を進むと一の鳥居があります。
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歓喜天(かんきてん)をまつる寺院には鳥居があることが多いです。

一の鳥居から参道を進むと左手にある鐘楼です。
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鐘楼の手前、参道左手に一願眼不動明王像がまつられています。
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写真上部左にまつられています。

一願不動明王像です。
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さらに参道を進むと二の鳥居があります。
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二の鳥居から参道を進むと正面に本堂(聖天宮)があります。
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本尊は、大聖歓喜天(だいしょうかんきてん)です。園田聖天ともよばれています。

本堂の手前、左手にある大師堂です。
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鎌倉時代作の弘法大師像や室町時代作の愛染明王像などが安置されています。

本堂に向かって右隣にある不動堂です。
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不動明王坐像や室町時代作の不動明王立像、役行者像などが安置されています。

不動堂脇には稲荷大明神がまつられています。
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参道左手にある寺務所・庫裏です。
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<福田寺(ふくでんじ)>兵庫県尼崎市東園田町4-33
阪急園田駅西口から徒歩約7分


豊崎(とよさき)神社 後編

大阪市北区の豊崎神社の続きです。

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鹿島神社の一の鳥居に向かって右手に恵美須神社があります。

恵美須神社です。
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恵美須神社に向かって右手に東照宮社・厳島神社の相殿があります。
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1614年の大坂冬の陣の際、豊崎の地で徳川家康が休憩するため村人の足立市兵衛宅へ立ち寄ります。差し出された麦飯を食べた家康は大満足し、足立の姓や家紋などを贈ります。足立家の子孫が1776年に許可を得て邸内に鎮守としてまつっていた東照宮を、1908年に末社として合祀しています。

東照宮社・厳島神社です。
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東照宮社・厳島神社に向かって右手に稲荷神社があります。
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稲荷神社です。
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拝殿に向かって左手に遥拝所があります。
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どこを遥拝するのかは、わからないです・・。(未確認)

拝殿に向かって左手にある参集殿です。
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<豊崎神社(とよさきじんじゃ)>大阪市北区豊崎6-6-4
大阪メトロ中津駅2号出口から徒歩約10分、阪急中津駅から徒歩約15分


豊崎(とよさき)神社 前編

大阪市北区の豊崎神社へ、行ってきました。

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正暦(しょうりゃく)年間(990~995年)に一条天皇(第66代天皇)により、この地の開発を命じられた藤田重治が祠を建て孝徳天皇(第36代天皇)をまつったのが始まりと伝えられています。

鳥居から参道を進むと左手に手水舎があります。
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参道を進むと正面にある拝殿です。
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主祭神は、孝徳天皇です。

拝殿の手前、左手に「孝徳天皇沓脱の石」があります。
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この辺りは、645年の乙巳の変(大化の改新)の後、孝徳天皇が遷都した難波長柄豊崎宮があった場所とされています。(現在では、大阪市中央区の難波宮史跡公園が定説)

参道の途中、右手に鹿島神社一の鳥居があります。
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寛永年間(1624~1644年)に鹿島神宮(茨城県鹿島市)から勧請したものです。

鹿島神社二の鳥居です。
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鹿島神社です。
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後編に続きます。


富島(とみしま)神社 後編

大阪市北区の富島神社の続きです。

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富恵美須神社に向かって左手に美津神社があります。明治に末社として遷座した島神社と近隣の春日神社・兵衛府神社を合祀して創立したものです。

美津神社を囲む瑞垣内には3つの社があります。
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中央にある美津神社です。
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美津神社に向かって左隣にある猿田彦社です。
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猿田彦神をまつっています。

美津神社に向かって右隣にある天児屋根宮です。
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天児屋根命(あめのこやねのみこと)をまつっています。

美津神社に向かって左てに富島稲荷社があります。
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富島稲荷社です。
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拝殿の手前、左手にある神輿蔵です。
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拝殿に向かって右手にある授与所です。
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授与所に向かって右手奥にある社務所です。
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<富島神社(とみしまじんじゃ)>大阪市北区中津2-5-10
大阪メトロ中津駅2号出口から徒歩約5分、阪急中津駅から徒歩約6分


富島(とみしま)神社 前編

大阪市北区の富島神社へ、行ってきました。てい

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創建の詳細は不明ですが、、社伝では室町時代には既に存在し牛頭天王(ごずてんのう)社と称し、1594年には片桐且元(かたぎりかつもと)による検地には除地と記されています。1868年に利島神社と改称、1910年に現社名に改称しています。大阪市淀川区の塚本神社や成小路(なるしょうじ)神社は、明治に当社に合祀されたものを、昭和に分祀したものです。

鳥居から参道を進むと左手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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主祭神は、速素盞嗚尊(はやすさのおのみこと)です。

拝殿には奉納された菰樽が。
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「月桂冠(げっけいかん)」(京都市伏見区月桂冠)です。

参道の途中、右手にある富島天満宮です。
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拝殿に向かって左手にある大楠宮です。
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大楠宮に向かって右手奥に富恵美須社があります。
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富恵美須社です。
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富恵美須社に向かって左手にも奉納された菰樽が置かれています。
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後編に続きます。


風の森(かぜのもり) 雄町407 Challenge Edition

奈良県御所市の油長(ゆうちょう)酒造から新発売された「風の森 雄町407 Challenge Edition」を購入しました。

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油長酒造は1719年創業で、代表銘柄は「鷹長(たかちょう)」・「風の森(かぜのもり)」です。「Challenge Edition」は醸造スタッフが造ってみたい酒を設計して製品化するという、1度限りのチャレンンジ酒です。

今回は雄町の40%磨きでチャレンジ。
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昨年の愛山50%磨きに続く第2弾です。

醸造スタッフの氏名入りで、想いが伝わってきます!(クリックで拡大できます)
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風の森 雄町407 Challenge Edition
<データー>純米生原酒、雄町、精米歩合40%、アルコール分16度

最近は「風の森」の限定酒が次々に発売されているような。
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風の森 ALPHA TYPE1 feat. 和水 真中採り
<データー>純米生原酒、秋津穂、精米歩合65%、アルコール分14度

つい先日、発売された2本セット。
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写真左より
風の森 ALPHA TYPE7 Light
<データー>純米生原酒、露葉風、精米歩合70%、アルコール分15度
風の森 ALPHA TYPE7 Full
<データー>純米生原酒、露葉風、精米歩合70%、アルコール分15度

6月には限定の酒米を使った「風の森 Come Again」が発売予定です。
楽しみが続きます!


椋橋総社(くらはしそうしゃ) 後編

大阪府豊中市の椋橋総社の続きです。

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拝殿の手前、右手にある鯉塚です。祭神である素戔嗚之尊(すさのおのみこと)が鯉に乗ってこの地に降臨されたこと、奈良時代の僧・行基が猪名川に橋を架ける際に流れが速くてうまくいかず、当社に祈ったところ、多くの鯉が集まり流れを堰き止め無事に工事が完成したことなどから、この地域の村人は鯉を食べず、弱っていたり捕らえてしまった鯉は境内の鯉池に放し、死んでしまった鯉は鯉塚にまつったといわれています。多くの鯉の伝説があることから鯉の宮ともよばれています。

境内にある鯉池です。
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拝殿内には多くの鯉の絵が奉納されています。
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拝殿前には、こんなものも!
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広島カープファンの聖地にもなっているとか。

拝殿の手前、右手にある遥拝所です。
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方向からみて伊勢神宮遥拝所でしょう。

遥拝所の奥にある「神前(かんざき)松原遺跡」の石碑です。
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摂津風土記には、「神功皇后が新羅を討つため筑紫に行く際に、神々を川辺郡内の神前に集めてまつり加護を祈った」と記されています。昔は、この辺りには松の大樹がたくさんあり、旅人の方角の目印になっていたそうです。

境内に鳥居の柱の一部があります。
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1995年の阪神淡路大震災で倒壊した旧鳥居の一部です。

参道の途中、右手にある社務所です。
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社務所前にある「縁結びの木」です。
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楠とクロガネモチの木が合体しています。

南へ徒歩6分ほどの場所にある御旅所です。
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<椋橋総社(くらはしそうしゃ)>大阪府豊中市庄本町1-2-4
阪急神崎川駅から徒歩約22分


椋橋総社(くらはしそうしゃ) 前編

大阪府豊中市の椋橋総社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、、素盞嗚之尊(すさのおのみこと)が高天原(たかまがはら)より鯉に乗りこの地に降臨なされたことから、崇神(すじん)天皇(第10代天皇)の時代に、椋橋部連(くらはしべのむらじ)の祖・伊香我色乎命(いかがしこをのみこと)がまつったのが始まりと伝えられています。

鳥居から参道を進むと石灯籠があり、境内へ続きます。
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昔はこの辺りに、二の鳥居があったそうです。

石灯籠の手前脇には庄本地蔵尊がまつられています。
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境内の様子です。
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平安時代には地名の由来となった椋橋庄という荘園があったそうです。

参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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主祭神は、素盞嗚之尊と神功皇后です。

拝殿に向かって左手にある社殿です。
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社殿内に恵比須神社と出世亀菊天満宮があります。亀菊は後鳥羽上皇(第82代天皇)の寵愛を受け椋橋庄の一部を与えられていましたが、鎌倉幕府がおいた地頭との間で争いがおこり、この争いがきっかけで、1221年の承久の乱に発展したといわれています。乱に敗れた後、亀菊は後鳥羽上皇と共に配流地の隠岐(島根県隠岐郡)に渡ったとされています。

恵比須神社などがある社殿に向かって左隣にある三社神社です。
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住吉大神・春日大神・愛宕大権現がまつられています。

参道の途中、右手に稲荷社があります。
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稲荷社です。
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後編に続きます。


菰江(こもえ)村社(稜威天王社(みいつてんのうしゃ)

大阪府豊中市の菰江村社(稜威天王社)へ、行ってきました。

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証券の詳細は不明ですが、文永年間(1264~1275年)に五穀豊饒・安産擁護を願い創建したと伝えられています。1906年の勅令(「神社寺院仏堂合併跡地ノ譲与ニ関スル件」)により、1912年に庄内神社(大阪府豊中市)に合祀されています。1976年に境内聖域の一部に現存していたご神木と祠を地区の守護神として祭祀しています。

鳥居です。
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鳥居を入ると右手に手水鉢があります。
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鳥居の正面にある拝殿です。
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祭神は、稜威雄走神(いつのをばしりのかみ)です。

拝殿に向かって右手にご神木があります。
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境内全景です。ご神木に覆われている感じです。
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<菰江村社(こもえそんしゃ=稜威天王社(みいつてんのうしゃ))>大阪府豊中市三和町2-6-8
阪急三国駅から徒歩約12分


洲到止八幡宮(すどうしはちまんぐう)

大阪府豊中市の洲到止八幡宮へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1758年に石清水八幡宮(京都府八幡市)の分霊を勧請して創建したと伝えられています。1906年の勅令(「神社寺院仏堂合併跡地ノ譲与ニ関スル件」)により、1909年に庄内神社(大阪府豊中市)に合祀されています。1967年に庄内神社の境外末社として社殿を造営しています。写真左端に八幡宮の石碑がありますが、八幡宮址と刻まれていたもので、「址」の文字が削られています。(薄っすらと文字の跡が見えます)

境内南側にある「神崎川旧堤防の跡」の石碑です。
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昔は鳥居のすぐ横が神崎川の堤防で、洲到止とよばれる船着場や浜があったようです。

近くにある「洲到止の浜跡」の石碑です。
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近隣には、渡し場の跡や水門の跡などの石碑が多数あります。

鳥居です。
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鳥居の先は公園(グラウンド)があり、その奥に参道があります。

参道を進むと注連柱があり、奥に社殿が見えます
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さらに参道を進むと右手に手水舎があります。
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手水舎の脇にある手水鉢です。
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1758年の年号があります。

参道正面にある拝殿です。
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祭神は、応神天皇と神功皇后です。

拝殿に向かって左隣に洲到止護国社があります。
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洲到止護国社です。
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洲到止護国社に向かって左隣に洲到止稲荷社があります。
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洲到止稲荷社です。
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<洲到止八幡神社(すどうしはちまんじんじゃ)>大阪府豊中市大島町2-6
庄内神社 公式ページ
阪急神崎川駅西口から徒歩約10分


庄内(しょうない)神社

大阪府豊中市の庄内神社へ、行ってきました。

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1906年の勅令(「神社寺院仏堂合併跡地ノ譲与ニ関スル件」)により、村内にあった八幡神社・稲荷神社・稜威(みいつ)天王社・保食(うけもち)神社などを合祀し庄内神社と称したのが始まりで、1912年に現在地に遷座しています。

鳥居を入ると右手に手水舎があります。
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鳥居から参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿脇には奉納された菰樽が置かれています。
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灘五郷や伏見の酒です。

別の角度から見た拝殿です。
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奥に幣殿・本殿が続きます。祭神は、保食神(うけもちのかみ)・宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)・応神天皇・神功皇后・稜威雄走神(いつのおはばりのかみ)・素盞鳴尊(すさのおのみこと)です。

拝殿に向かって左手奥に境内社があります。
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境内社です。
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写真左が少彦名(すくなひこな)神社(大黒社)、右が蛭子(ひるこ)神社(恵比須社)です。

少彦名神社と蛭子神社の間に置かれている菰樽です。
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福寿(ふくじゅ)」(神戸市東灘区神戸酒心館)です。

参道の途中、左手にある筆塚です。
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古くなったく筆、万年筆、シャープペンシルなどを納める箱が置かれています。毎年1/4に納筆祭が行われているそうです。

拝殿の手前、右手にある社務所です。
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境外末社として洲到止八幡宮(すどうしはちまんぐう)があり、後日紹介します。

<庄内神社(しょうないじんじゃ)>大阪府豊中市庄内幸町5-22-1
庄内神社 公式ページ
阪急庄内駅から徒歩約15分


大門厳島(だいもんいつくしま)神社

兵庫県尼崎市の大門厳島神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、奈良時代の僧・行基(ぎょうき)が長洲浜の川尻泊(神崎川河口、尼崎市神崎町付近)を開発した際に、当地に縁の深い神々をまつったと伝えられています。写真は参道で元は石鳥居が建っていたと思われます。

参道右手に石鳥居の笠木と思われるものが。
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1995年の阪神淡路大震災で倒壊したものかと思われます(未確認)。

参道を進むと鳥居があります。
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鳥居から参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿の奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)と伊奘諾命(いざなぎのみこと)です。

拝殿の手前、左手にある白龍大神社です
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白龍大神社の近くにあるご神木です。
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鳥居の手前、左手にある社務所です。
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<大門厳島神社(だいもんいつくしまじんじゃ)>兵庫県尼崎市長洲中通2-4-48
JR尼崎駅南口から徒歩約13分


貴布禰(きぶね)神社(長洲) 

兵庫県尼崎市長洲中通の貴布禰神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、平安京遷都の際に調度の運搬を任された紀氏(きうじ)が紀船社をまつったのが始まりとする説や、この辺りは京都賀茂社の社領(長洲御厨(ながすみくりや))があり、貴船社(貴船(きふね)神社、京都市左京区)を分社した説などがあります。兵庫県尼崎市西本町にある貴布禰神社は1326年に分祀され創建しています。

鳥居を入ると右手に手水舎があります。
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鳥居から参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿の奥に幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、高龗神(たかおかみのかみ)です。伊邪那美命(いざなみのみこと)は火の神・火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだ際に火傷をし死んでしまいます。怒った夫・伊邪那岐命(いざなぎのみこと)は火之迦具土神を切り殺します。その時生まれた3柱の神の1柱です。

拝殿に向かって左手奥にある境内社です。
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写真左から、宇賀大明神・大黒天・妙見宮がまつられています。

拝殿付近から見た境内の様子です。
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拝殿の手前、右手にある社務所です。
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<貴布禰神社(きぶねじんじゃ)>兵庫県尼崎市長洲中通3-8-28
JR尼崎駅南口・阪神大物駅から徒歩約13分


天満神社

兵庫県尼崎市の天満神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、菅原道真が太宰府へ左遷される途中で長洲に滞在した際に贈った自画像をまつったのが始まりと伝えられています。長洲天満神社や長洲天満宮ともよばれています。菅公聖蹟二十五拝(かんこうせいせき にじゅうごはい)の13番目の社です。

鳥居の手前に手水舎があります。
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手水舎に向かって左手にある「菅公足洗之池」です。
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砂浜を歩いた菅原道真の足が汚れたのを見かねた老婆が、足を洗い清めた池と伝えられています。

鳥居から参道を進むと正面に拝殿があります。
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拝殿です。
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1996年再建で、1999年に火災にあいますが、2000年に修復されています。

別の角度から見た拝殿(写真左)幣殿(へいでん)・本殿です。
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祭神は、菅原道真です。

覆屋の中にある本殿です。(境内になった案内を撮影したものです)
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1607年建築です。

拝殿手前にある「なで牛」です。
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拝殿手前、左手にある歌碑です。
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「人知れず 移る泪は 津の国の 長洲と見えて 袖とぞ朽ちぬる」と刻まれています。菅原道真が贈った自画像に記されていたといわれています。

拝殿の手前、右手にある社務所です。
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境内東側の鳥居です。
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境内西側の鳥居です。
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<天満神社(てんまじんじゃ)>兵庫県尼崎市長洲本通3-5-1
JR尼崎駅・阪神大物駅から徒歩約15分


吉備彦(きびひこ)神社

兵庫県尼崎市の吉備彦神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、733年に錦楽寺(金楽寺)が創建され境内に一品天神社がまつられたという説や、遣唐使で唐から文物を持ち帰った吉備真備(きびのまきび)が錦楽寺を造営し、唐から持ち帰った土を埋め祠を建て一品天神をまつった、などの説があります。

鳥居に向かって左手にある「遺跡 金楽寺貝塚」の石碑です。
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境内の中央から北部分には貝塚跡があるそうです。

鳥居に向かって右手にある社標石です。
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鳥居を入って右手に手水舎があります。
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鳥居を入って正面にある拝殿です。
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拝殿に奉納されている額です。
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1852年の境内の様子が描かれています。土俵があり相撲も行われていたようです。

別の角度から見た拝殿・幣殿(へいでん)・本殿です。
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本殿覆屋に納められている本殿は、江戸時代中期頃の建築だそうです。祭神は、吉備真備です。

拝殿に向かって左手奥に稲荷社があります。
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稲荷社です。
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拝殿に向かって左手にある社務所です。
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<吉備彦神社(きびひこじんじゃ)>兵庫県尼崎市金楽寺2-17-1
JR尼崎駅南口・阪神大物駅から徒歩約16分


八幡神社(西長洲)

兵庫県尼崎市西長洲町の八幡神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、仁徳天皇(第16代天皇)の時代に創祀され、履中(りちゅう)天皇(第17代天皇)はこの地で大禊(おおみそぎ)の神事をたびたび行ったと伝えられています。西長洲八幡神社ともよばれています。

鳥居です。
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鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿の奥に幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、応神天皇(第15代天皇=誉田別尊(ほんだわけのみこと))です。

拝殿の手前、右手にある遥拝所です。
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方向から考えると、伊勢神宮(三重県伊勢市)遥拝所でしょうか。(未確認)

鳥居を入って右手にある神社祭具庫です。
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参道の途中、左手にある社務所です。
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境内西側の鳥居です。
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境内東側の参道です。
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<八幡神社(はちまんじんじゃ)>尼崎市西長洲町2-15-8
阪神尼崎駅北出口から徒歩約15分


初嶋大神宮(はつしまだいじんぐう) 後編

兵庫県尼崎市の初嶋大神宮の続きです。

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本殿に向かって左隣にある荒神宮です。

本殿に向かって右隣にある天満宮です。
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天満宮に向かって右隣に金刀比羅宮があります。
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金刀比羅宮です。
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拝殿の手前、左手に八剣(はっけん)大明神社(稲荷社)があります。
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八剣大明神社です。
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八剣大明神社に向かって左隣にある神輿舎です。
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1751年に公家により寄進された姿そのままに修復された神輿が納められているそうです。

拝殿の手前、右手にある社務所・授与所です。
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<初嶋大神宮(はつしまだいじんぐう)>兵庫県尼崎市築地2-6-17
初嶋大神宮 公式ページ
阪神大物駅から徒歩約17分


初嶋大神宮(はつしまだいじんぐう) 前編

兵庫県尼崎市の初嶋大神宮へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、正和年間(1312~1316年)に日吉大社(滋賀県大津市)に属する一社を勧請したのが始まりで、1666年に現在地に遷座、1751年に初嶋太神の称を与えられ初嶋大神宮とよばれるようになったと伝えられています。

鳥居を入って右手に手水舎があります。
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手水舎付近から見た境内の様子です。
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江戸時代以前は、海原に砂洲の島々が点在し「摂津の松島」や「浦の松島」といわれていたそうです。

鳥居から参道を進むと正面にある拝殿です。
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拝殿には奉納された菰樽が置かれ地ます。
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大関(おおぜき)」(兵庫県西宮市大関)・「日本盛(にほんさかり)」(兵庫県西宮市日本盛)などです。

兵庫県以外の酒も。
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萬歳楽(まんざいらく)」(石川県白山市小堀酒造店)です。

拝殿の奥に中門・幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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別の角度から見た中門・幣殿・本殿です。
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祭神は、天照大神(あまてらすおおみかみ)です。

本殿にかかる扁額です。
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後編に続きます。


風の森(かぜのもり) ALPHA TYPE7

奈良県御所市の油長(ゆうちょう)酒造から新発売された「風の森 ALPHA TYPE7」を購入しました。

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油長酒造は1719年創業で、代表銘柄は「鷹長(たかちょう)」・「風の森(かぜのもり)」です。ALPHAシリーズは、2013年12月にTYPE1が発売され、今回のTYPE7は初の2本セットです。(なぜかTYPE6を飛ばしての発売です)

今回のテーマは「一期一会」。
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案内パンフです。(クリックで拡大できます)
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「個性的な2本の原酒を、お客様のバランスでブレンドして、お客様が酒造りの一部に参加できるのを目指した」とのこと。1本(Light)は辛口タイプ(日本酒度+10以上、酸度1.5程度)、もう1本(Full)は甘口タイプ(日本酒度-10以下、酸度3.0程度)です。

箱の中身です。
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1本目。
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風の森 ALPHA TYPE7 Light
<データー>純米生原酒、露葉風、精米歩合70%、アルコール分15度

Lightの裏ラベルです。
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まずは、そのまま飲んでみます。ラムネのような香りで、すっきりとした味わいです。(個人的感想です)

2本目。
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風の森 ALPHA TYPE7 Full
<データー>純米生原酒、露葉風、精米歩合70%、アルコール分15度

Fullの裏ラベルです。
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こちらもそのまま飲んでみます。花の蜜のような香りとメロンのような甘味が広がりますが、すっと切れていきます。(個人的感想です)

2本をブレンドしながら楽しみます。(クリックで拡大できます)
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山本長兵衛13代蔵主は、「Lightが1にFullが2」の割合、中川悠奈醸造担当は、「Lightが2にFullが1」の割合がおすすめだと。

セットについているオリジナルビーカーです。
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このビーカーで量りながらブレンドします。ぐいぐい飲むなら中川担当の割合、肴とあわせてゆっくり飲むなら山本蔵主の割合がいいような。(個人的感想です)
いろいろ試すうちに、それぞれ半分以上なくなってしまいました・・。飲みすぎ注意!


松島(まつしま)神社

兵庫県尼崎市の松島神社へ、行ってきました。

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元和(げんな)年間(1615~1624年)に稲荷社として創祀されたと伝えられています。1873年に現在地に遷座しています。

社標石の脇から参道を進むと鳥居があります。
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鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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手水舎の近くに鳥居の柱や折れた笠木があります。
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1995年の阪神淡路大震災で倒壊したものだと思われます。社標石付近にこの石鳥居が建っていたのでしょう。

参道を進むと注連柱があります。
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注連柱から参道を進むと正面にある拝殿です。
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祭神は、倉稲魂神(うかのみたまのかみ)です。外からは見えませんが、社殿内に稲荷山といわれる土盛りがあるそうです。

参道の途中、右手に住吉社があります。
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住吉社です。
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拝殿の奥に、「稲荷山」と刻まれた石碑があります。
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「稲荷山」と刻まれた石碑の左手にある玉光稲荷社です。
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拝殿に向かって右隣にある社務所です。
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境内北側の鳥居です。
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<松島神社(まつしまじんじゃ)>尼崎市東本町4-61
阪神大物駅から徒歩約11分