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金刀比羅宮(ことひらぐう)

和歌山県海南市の金刀比羅宮へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明です。諏訪崎という岬の近くで漁港などがあるので航海の安全や豊漁を祈って勧請されたと思われます。(未確認)

鳥居の手前、参道左手にある手水鉢です。
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参道正面にある本殿です。
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祭神は、大物主神(おおものぬしのかみ)と思われます。

金刀比羅宮の西側から海岸へ向かうと諏訪崎があります。
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諏訪崎には天巳大神(てんみおおがみ)という岩神がまつられています。

天巳大神です。
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天巳大神から注連縄で結ばれた祠があり手前に鳥居があります。
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祠です。
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天空大神がまつられています。

近隣から見た海岸の様子です。
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<金刀比羅宮(ことひらぐう)>和歌山県海南市冷水325
JR冷水浦(しみずうら)駅から徒歩約7分


八幡(はちまん)神社

和歌山県海南市の八幡神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、衣奈八幡(えなはちまん)神社(和歌山県日高郡由良町)から勧請したとも伝えられています。冷水八幡(しみずはちまん)神社ともよばれています。

石段の途中に鳥居があります。
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石段を上がり参道を進むと左手に手水舎があります。
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参道の正面、石段の先にある拝殿です。
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主祭神は、誉田別命(ほんだわけのみこと=応神天皇)と息長足姫命(おきながたらしひめのみこと=神功皇后)で、武内宿禰(たけのうちのすくね)を配祀しています。

拝殿の扁額です。
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拝殿の奥、本殿の左右に境内社がありますが、何がまつられているかは未確認です。

拝殿に向かって右隣に戎神社があります。
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戎神社です。
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拝殿に向かって左隣に辰龍大神社があります。
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辰龍大神社です。
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拝殿の手前、参道左手に楠玉大神社があります。
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楠玉大神社です。
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楠玉大神社の背後にあるご神木です。
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<八幡神社(はちまんじんじゃ)>和歌山県海南市冷水940
JR冷水浦(しみずうら)駅から徒歩約5分


伊勢部柿本(いせべかきもと)神社 後編

和歌山県海南市の伊勢部柿本神社の続きです。

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拝殿へ向かう石段の途中、左手にある神楽殿です。

神楽殿の近くに戎神社への参道(石段)があります。
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拝殿から境内社、戎神社を巡拝して一巡できるようになっています。

石段の先にある戎神社です。
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戎神社に向かって右手にある相殿社です。
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向かって左から山王神社・稲荷神社です。

手水舎に向かって左手に石段があり、奥に祓戸神社があります。
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祓戸神社です。
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写真手前は水占の庭(みうらのにわ)で、そこから湧き出す百練神水(ひゃくれんのしみず)で水占いができるようになっています。

手水舎に向かって右手にある斎館です。
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神職などが神事を行う前に身を清める建物です。

手水舎の手前、左手にある参集殿です。
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1階は儀式殿・授与所で、2階は集会室になっているそうです。

<伊勢部柿本神社(いせべかきもとじんじゃ)>和歌山県海南市日方600
伊勢部柿本神社 公式ページ
JR海南駅東口から徒歩約10分


伊勢部柿本(いせべかきもと)神社 前編

和歌山県海南市の伊勢部柿本神社へ、行ってきました。

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崇神(すじん)天皇(第10代天皇)の時代に皇女・豊鍬入姫命(とよすきいりひめのみこと)が、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の鎮座地を探した際に、「吉備国名方濱宮(きびのくになかたのはまのみや)」に4年間まつられたと「倭姫命世記(やまのみことせいき)」にあり、吉備国名方濱宮は現在のJR海南駅の東にあったと考えられています。伊勢神宮(三重県伊勢市)に遷座する以前にまつられた伝承を持つ「元伊勢(もといせ)」の1つです。写真は鳥居へ続く宮前通です。

宮前通を進むと鳥居があります。
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吉備国名方濱宮は海浜で津波の恐れがあったので、いつのころからか現在地へ遷座し、壮麗な社殿がありましたが、1585年に豊臣秀吉による紀州征伐で喪失、1605年に再興されています。

鳥居から参道を進むと、風鈴がいっぱい!
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毎年7月下旬または8月上旬から中旬まで、紀州漆器の技術により作られた「かいなん夢風鈴」が飾られているようです。(以前は「かいなん夢風鈴まつり」が海南市内の10神社などで実施されていましたが2017年夏で終了しています)

風鈴の飾られた参道を進むと左手に手水舎があります。
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手水舎からは石段が続きます。
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いったん石段が途切れますが、さらに石段があり先に拝殿が見えます。
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ようやく拝殿に到着。
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主祭神は、天照大御神で、素戔嗚尊(すさのおのみこと)・熊野久須毘命(くまのくすびのみこと)・市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)を相殿しています。主祭神と相殿神を総称して、伊勢部柿本大神(いせべかきもとのおおかみ)としています。

拝殿に向かって右手にある神饌所です。
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拝殿に向かって左手に末社へ向かう石段があります。
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石段の先にある若宮八幡宮です。
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若宮八幡宮に向かって左隣に相殿社があります。
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向かって左から住吉神社・秋葉神社・金毘羅神社・妙見神社です。

後編に続きます。


藤白(ふじしろ)神社 その4

和歌山県海南市の藤白神社の続きです。

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参道の途中、左手に白い土塀があり、中に「聖皇三代重石(せいこうさんだいおもいし)」があります。

「聖皇三代重石」です。
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宇多(うだ)上皇(=第59代天皇)・花山(かざん)上皇(=第65代天皇)・白河(しらかわ)上皇(=第72代天皇)が熊野御幸(くまのごこう、上皇の外出(天皇の外出は行幸))を行ったのを記念して建てられた塔です。

「聖皇三代重石」の近くにある後鳥羽院御歌塚です。
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1201年に後鳥羽上皇(=第82代天皇)が熊野御幸の際に催された藤白王子和歌会の熊野懐紙がおさめられているそうです。

手水舎の近くにある芭蕉翁藤塚です。
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松尾芭蕉の句に「藤の実は俳諧にせん花の跡」があり、その前書に「彼の藤白み坂といひけん花は宗祇のむかしに匂ひて」と記されているそうです。

小守楠神社の近くにある儀式殿です。
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境内東側の鳥居です。
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境内東側の鳥居から東に進むと鈴木屋敷があります。
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藤白神社の神官を務めた藤白鈴木氏の屋敷跡です。藤白鈴木氏は、平安時代に初代の鈴木基行に始まりますが、1942年に鈴木重吉が病気で急死し断絶しています。全国に200万人がいるとされる鈴木姓の発祥の地とされています。鈴木姓の人が授与所に申し出ると、「藤白鈴木家系譜」がいただけるとか。

現在の鈴木屋敷跡です。
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老朽化が進み復元工事が行われています。

復元工事中の屋敷(写真左)です。
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2021年末完成を目指しているようです。

屋敷内の庭園です。
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庭園も併せて復元工事が行われるようです。現在、ふるさと納税制度で寄付集めを行っています。

<藤白神社(ふじしろじんじゃ)>和歌山県海南市藤白466
藤白神社 公式ページ
JR海南駅西口から徒歩約20分