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露天神社(つゆのてんじんしゃ) 後編

大阪市北区の露天神社の続きです。

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拝殿に向かって右手奥に水天宮(すうてんぐう)・金刀比羅宮があります。水天宮は久留米藩大阪蔵屋敷にまつられていたもの、金刀比羅宮は丸亀藩大阪蔵屋敷にまつられていたものが、明治維新、北の大火(天満焼け)などを経て現在地に遷座しています。

拝殿に向かって右手にある難波神明社(なにわしんめいしゃ)です。
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821年に西天満の孤島にまつられたのが始まりと伝えられています。江戸時代は大坂城代の崇敬が厚く境内が広大で、社殿が西向きであったことから「夕日の神明社」といわれていたそうですが、北の大火で被災し、現在地に遷座しています。(他に、社殿が東向きの「朝日の神明社」(大阪市此花区朝日神明社)、社殿が南向きの「日中神明社」(大阪市大正区神明神社)があり、あわせて大阪三神明(浪花三神明)とよばれていたそうです。

難波神明社に向かって右隣にある句碑です。
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「曽根崎や昔の路地に月冴えて(鷲谷七菜子)」、「梅と飛び咲く空のひろさの沁むばかり(山口草堂)」、「天上にもつれゐる雪牡丹雪(山上樹実雄)」の3句が刻まれています。

難波神明社に向かって右手にはハート形の電飾が。
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露天神社は、「曽根崎心中」のお初と徳兵衛のように相思相愛の仲になれる縁結びのご利益があり、「恋人の聖地」ともいわれています。

拝殿の手前、参道右手にある社務所です。
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拝殿脇にある獅子舞おみくじです。
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東門から続く路地です。
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<露天神社(つゆのてんじんしゃ)>大阪市北区曽根崎2-5-4
露天神社 公式ページ
大阪メトロ東梅田駅から徒歩約5分、JR北新地駅・JR大阪駅から徒歩約8分


露天神社(つゆのてんじんしゃ) 前編

大阪市北区の露天神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、昔はこの地は大阪湾に浮かぶ小島(曽根崎洲)で、住吉須牟地曽根ノ神(すみよしすむちそねのかみ)をまつったと伝えられています。また、850年に行われた「難波八十島祭(なにわやそじままつり)」(天皇の祭祀)に記録があり、それ以前の創建(700年頃)と考えられています。写真は正門(表参道)の鳥居です。

参道を進むと左手にある手水舎です。
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この神社は昼間より夕暮れ時に参拝するのがいい雰囲気です。(開門は6~24時、社務所受付は9~18時)

手水舎の参道を挟んで向かい側に「露の井戸」があります。
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梅雨の時期になると清水が湧き出したとされる神泉で、社名の由来ともいわれています。井戸の上に祓戸社・御井神社がまつられています。

参道を進むと注連柱があり、奥に拝殿が見えます。
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拝殿です。
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主祭神は少彦名大神(すくなひこなのおおかみ)・大己貴大神(おおなむちのおおかみ)・天照皇大神(あまてらすすめおおかみ)、豊受姫大神(とようけひめのおおかみ)・菅原道真の5柱です。

拝殿に向かって左手に開運稲荷社があります。
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1909年の北の大火(天満焼け、現北区の大半と福島区の一部が焼失)により、近隣にあった4社の稲荷社を合祀したものです。

稲荷社の手前左手にある「曽根崎心中 お初 徳兵衛ゆかりの地」石碑です。
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1703年に醤油屋の手代・徳兵衛と遊女・お初が社殿の裏手で心中を遂げた悲話を、近松門左衛門が人形浄瑠璃「曽根崎心中」として発表し大きな話題となり、舞台となった神社は「お初天神」とよばれるようになったそうです。

石碑の近くにはお初 徳兵衛のブロンズ像があります。
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開運稲荷社の手前には神牛舎もあります。
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菅原道真が大宰府へ左遷される途中、この地で「露とちる 涙に袖は朽ちにけり 都のことを思い出づれば」と詠んだとされたことから社名の由来になったとされる説もあります。

後編に続きます。


成小路(なるしょうじ)神社

大阪市淀川区の成小路神社へ、行ってきました。

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元は鷺島(さぎしま)神社(創建年代不詳)でしたが、1909年に富島(とみしま)神社(大阪市北区)に合祀されます。鷺島神社があった場所は淀川改修工事で川に沈んでしまい、川の北側に御旅所(現・十三バイパスあたり)が設けられます。1945年に空襲で御旅所は全焼、戦後の都市計画で代替地が現在地に与えられ、1977年に成小路神社として再興しています。

鳥居です。
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鳥居の柱や玉垣の一部は御旅所にあったものです。

鳥居から見た境内の様子です。
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鳥居から参道を進むと左手にある手水鉢です。
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参道を進むと左手にある拝殿です。
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別の角度から見た拝殿です。本殿の屋根が少し見えます。
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祭神は、素盞嗚尊(すさのおのみこと)と豊受大御神(とようけのおおみかみ)です。

<成小路神社(なるしょうじじんじゃ)>大阪市淀川区新北野2-12-24
JR塚本駅から徒歩約10分、阪急十三駅西口から徒歩約13分


塚本(つかもと)神社

大阪市淀川区の塚本神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、住人が1609年に牛頭天王(ごずてんのう)をまつったのが始まりと伝えられています。明治に八坂神社になますが、1909年に富島(とみしま)神社(大阪市北区)に合祀されます。1961年に地元で復興機運が高まり、塚本神社復興委員会が結成、1962年に富島神社から分離独立が承諾され、1963年に拝殿・本殿が落成しています。

鳥居を入ると左手にある手水舎です。
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鳥居を入って進むと右手にある拝殿です。
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奥に、幣殿(へいでん)・本殿が続きます。

別の角度から見た拝殿(写真左)・幣殿・本殿です。
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祭神は、建速素盞嗚尊(たてはやすさのおのみこと)です。

拝殿に向かって右手奥に塚本稲荷神社があります。
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塚本稲荷神社です。
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塚本稲荷神社の手前、左手にある祠です。
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祠には大黒天と恵比寿がまつられています。
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拝殿の手前、右手にある松の御神木です。
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御神木の下にまつられている塚本清龍大神社です。
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拝殿の手前、左手にある地車格納庫です。
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鳥居を入って左手にある社務所です。
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<塚本神社(つかもとじんじゃ)>大阪市淀川区塚本2-2-7
JR塚本駅から徒歩約8分、阪急十三駅西口から徒歩約15分


鴉宮(からすのみや) 後編

大阪市此花区の鴉宮の続きです。

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末社相殿社に向かって右隣に琴平社があります。

琴平社です。
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琴平社に向かって右手にある稲荷社です。
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稲荷社に向かって右手には奉納された船地車台が置かれています。
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境内東側にある伊勢神宮遥拝所です。
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本殿に向かって左手にある神輿庫です。
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鳥居を入って左手にある社務所です。
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西へ徒歩約13分の場所に御旅所・酉島宮(とりしまのみや)があります。
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酉島宮です。
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<鴉宮(からすのみや)>大阪市此花区伝法2-10-18
阪神伝法駅から徒歩約5分