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神津(かみつ)神社 

大阪市淀川区の神津神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、天正年間(1573~1593年)に勧請された八幡神社が始まりと伝えられ、近隣にあった野々宮神社や稲荷神社などを1909年に合祀、1911年に神津神社に改称しています。当時、村の名にもなった神津の名称は神崎川の神と中津川(現・新淀川)の津をとって命名しています。

鳥居付近から見た境内の様子です。
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鳥居を入って進むと左手に手水舎があります。
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手水鉢です。
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水道の蛇口をひねると手水が出てきます。

参道を進むと正面に拝殿があります。
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別の角度から見た拝殿・本殿です。
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祭神は、応神天皇・神功皇后・底筒男命(そこつつのおのみこと)・中筒男命(なかつつのおのみこと)・表筒男命(うわつつのおのみこと)・宇賀御魂神(うかのみたまのかみ)・菅原道真・少彦名神(すくなひこなのかみ)・猿田彦神(さるたひこのかみ)です。

拝殿に向かって左隣に福永稲荷神社があります。
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福永稲荷神社です。
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参道の途中、左手にある祖霊社です。
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後編に続きます。


野々宮稲荷神社

大阪市淀川区の野々宮稲荷神社へ、行ってきました。

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野中福祉会館に隣接して鎮座している小さな神社です。創建の詳細は不明ですが、1907年に神津神社(多さk市淀川区)に合祀されますが、氏子が浄財を集め1938年に再建しています。

鳥居の扁額です。
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「野々宮稲荷大神」と刻まれています。

本殿です。
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祭神は、応神天皇と宇賀御霊神(うかのみたまのかみ)の2柱です。

<野々宮稲荷神社(ののみやいなりじんじゃ)>大阪市淀川区野中南1-12-13
阪急十三駅東口から徒歩約15分


春日神社 (清水)

大阪府茨木市清水の春日神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、781年に大中臣清麻呂(おおなかとみのきよまろ、右大臣)が位を退いてこの辺りに隠居し、祖神・天児屋根命(あめのこやねのみこと)をまつったのが始まりと伝えられています。(鎌倉時代の書「神宮雑例集」では740年)

鳥居に向かって左手に「月の清水跡」の石碑があります。
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清和(せいわ)天皇(第56代天皇)が譲位をして上皇になった時代に、勝尾寺(大阪府箕面市)を訪れ、この辺りで月見の宴を行います。村人が「山の井の清水」という名泉に桃の花を挿して上皇を歓待ししたところ、大変喜ばれ「月の清水」と命名したとと伝えられています。

鳥居からは石段の参道が続きます。
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参道の途中に二の鳥居があります。
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大中臣清麻呂は祖神を2座まつったとされ、ともに須久久(すくく)神社とよばれていました。1655年に当社を春日神社と改称しますが、江戸末期頃には再び須久久神社に改称、近年になり再度、春日神社になっていますが元須久久神社ともよばれています。(もう1座は須久久神社(大阪府茨木市宿久庄))

二の鳥居を入ると右手に手水舎があります。
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手水舎からは、さらに石段が続きます。
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石段を上がり参道を進むと正面に拝殿があります。
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2010年に不審火で社殿を焼失し、2012年に再建されたものです。

拝殿から奥に幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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主祭神は、天児屋根命です。

拝殿に向かって右手にある社務所兼清水老人憩の家です。
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拝殿の手前、左手から坂を上がると、広場があり鳥居があります。
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車で上がってくることができる道があるのかもしれません(未確認)

<春日神社(かすがじんじゃ)>大阪府茨木市清水2-10-1
大阪モノレール豊川駅から徒歩約10分


新屋坐天照御魂(にいやにますあまてるみたま)神社(宿久庄)

大阪府茨木市宿久庄(しゅくのしょう)の新屋坐天照御魂神社へ、行ってきました。

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新屋坐天照御魂神社は大阪府茨木市に3社(西福井・西河原・宿久庄)あります。創建の詳細は不明ですが、崇神天皇(第10代天皇)の時代(紀元前97~33年頃)にこの辺りに神が降臨し3座がまつられたと伝えられていますが、西福井から分祀したともいわれています。

鳥居です。
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鳥居から参道を進むと右手に手水舎があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿の奥に幣殿(へいでん)・覆屋が続きます。
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本殿は覆屋(おおいや)の中にあるそうです。祭神は、天照皇大神(あまてらすおおみかみ)・天照国照彦火明大神(あまてるくにてるひこほあかりのおおかみ)・天津彦瓊瓊杵大神(あまつひこほのににぎのおおかみ)の3柱です。

拝殿に向かって右手奥に稲荷社があります。
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写真右の社標は元文年間(1736~1741年)に建立されたもののようです。

稲荷社です。
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拝殿に向かって左の境内の様子です。
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<新屋坐天照御魂神社(にいやにますあまてるみたまじんじゃ)>大阪府茨木市宿久庄5-17-1
大阪モノレール豊川駅から徒歩約10分


素盞烏尊神社(すさのおのみことじんじゃ) 後編

大阪市北区の素盞烏尊神社の続きです。

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拝殿に向かって右隣に王仁(わに)神社があります。王仁は応神天皇が百済から招き、論語や千字文(書の手本とする漢文)を伝えたといわれています。

王仁神社です。
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1960年代まで近隣にあった大仁(だいに)町(現・大阪市北区大淀中3丁目)は王仁に由来してると伝えられ、かつては王仁の墓と伝えられる石棺があったそうです。

王仁神社に向かって右手にある伊勢神宮遥拝所です。
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拝殿に向かって手前、右手に八幡社があります。
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八幡社です。
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戦国時代にこの付近にあった浦江城の鎮守としてまつられていたそうです。

八幡社に向かって右手に斎宮(さいぐう)社があります。
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斎宮社です。
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斎宮は伊勢神宮に奉仕する斎王の御所(三重県多気郡明和町)で、この付近は、仕える内親王が決まった際に御祓をする地であったと考えられています。

鳥居を入って右手に野々宮社があります。
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参道の中央付近まで木が曲がって伸びています。

野々宮社です。
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拝殿の手前、左手にある社務所です。
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<素盞烏尊神社(すさのおのみことじんじゃ)>大阪市大淀南3-3-25
素盞烏尊神社 公式ページ
JR福島駅から徒歩約10分