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大岳院(だいがくいん)

鳥取県倉吉市の大岳院へ、行ってきました。

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1605年に倉吉城主・中村栄忠(しげただ)が父・中村一栄(かずしげ)の菩提を弔うために創建した曹洞宗の寺院です。写真は山門です。

山門から参道を進むと鐘楼門があります。
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鐘楼門の手前、参道右手にまつられている聖観音菩薩像です。
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鐘楼門から進むと参道正面にある本堂です。
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1995年改築で、本尊は釈迦如来像です。

本堂の扁額です。
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本堂の手前、参道左手にある観音堂です。
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鐘楼門をの近く、参道左手にある駒姫八幡です。
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打吹(うつぶき)城主・山名氏豊(やまなうじとよ)と娘・駒姫をまつっています。

駒姫八幡に向かって右手にお林(おりん)の方墓所があります。
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お林の方は駒姫の娘と伝えられ、光格(こうかく)天皇(第119代天皇)の生母・大江磐代(おおえ いわしろ)の母です。

お林の方の墓です。
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鐘楼門の近く、参道右手にある里見家墓所です。
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安房国館山藩主・里見忠義(さとみただよし)は、1614年に倉吉藩に移封され門前に居住しますが、1622年に29歳で没します。葬儀の後、8人の近臣が殉死を遂げたとされ、主君を始め殉死した8人の法名に「賢」の字があり「八賢士」とよばれ、後の滝沢馬琴(たきざわばきん=曲亭馬琴(きょくていばきん))の「南総里見八犬伝」のモデルになったのではとの説があります。

本堂の手前、左手に置かれている鬼瓦です。
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1775年に建立された旧・本堂の鬼瓦です。

本堂に向かって右手にある庫裏・寺務所です。
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<大岳院(だいがくいん)>鳥取県倉吉市東町422
大岳院 公式ページ
JR倉吉駅から日本交通バス市内線・関金・山口線で堺町バス停下車徒歩約5分


大蓮寺(だいれんじ)

鳥取県倉吉市の大蓮寺へ、行ってきました。

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養老年間(717~723年)に南にある打吹山近くの山麓に建立された大蓮寺が始まりとされ、天正年間(1573~1592年)に僧・文翁が近隣の3寺を統合して、現在地に開山したと伝えられています。写真は門前の参道です。

参道を進むと正面にある山門(法界門)です。
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2階部分に鐘がある鐘楼門です。

山門の提灯です。
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山門脇に設置されている公衆電話です。
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お寺にあるので「てらほおん」と記載されています。

山門の正面にある本堂です。(山門付近から撮影)
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コロナの影響で、檀信徒以外の境内への立ち入りは禁止になっています。本堂は1955年再建で、浄土宗の寺院なので本尊は阿弥陀如来像と思われますが、弁財尊天(べんざいそんてん)」もまつっているようです(未確認)。

本堂に向かって右手にある庫裏・寺務所です。
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境内には、豪商・淀屋清兵衛の墓や鎌倉~南北朝時代の武将・脇屋(新田)義助の墓があるそうです。

山門に向かって右手に弁財天堂があります。
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琵琶湖・竹生島(ちくぶじま)にある宝厳寺(ほうごんじ、滋賀県長浜市)から分霊してまつったそうです。

弁財天堂です。
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こちらも、現在は立入禁止になっています。

弁財天堂手前にある池の鯱瓦(しゃちほこ)です。
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大蓮寺近くから見た倉吉白壁土蔵群の風景です。
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<大蓮寺(だいれんじ)>鳥取県倉吉市新町1-2411
JR倉吉駅から日本交通バス市内線・関金・山口線で赤瓦・白壁土蔵バス停下車徒歩約3分


夜西(よるにし)神社

鳥取県米子市の夜西神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1700年頃にこの辺りが開発され、それ以降の創建と思われます。

鳥居から進むと参道右手に手水鉢があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿内には神輿が置かれています。
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1860年造営だそうです。

拝殿の後方にある本殿です。
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祭神等は未確認です。

<夜西神社(よるにしじんじゃ)>鳥取県米子市夜見町332-4
JR米子駅・JR境港駅から日の丸バス境港線(外浜線)で夜見上谷入口バス停下車徒歩約15分、JR弓ヶ浜駅から徒歩約19分


妖怪(ようかい)神社

鳥取県境港市の妖怪神社へ、行ってきました。

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2000年1/1午前0時に落成入魂式を行い創建しています。1999年末から2000年年始には妖怪神社落成法要式典が営まれ、全国からたくさんの人々や妖怪が集まったと伝えられています。

鳥居は一反木綿(いったんもめん)!
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鳥居の手前、右手にある「目玉おやじの清めの水」です。
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手水舎のようです。目玉を描いた球体は直径38cm、約70kgですが、水の力で浮かんでいて手で触ると回ります。

鳥居を入って進むと右手にも手水鉢があります。
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妖怪をイメージしてるのでしょう。

鳥居から進むと正面にあるご神体です。
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社殿は無く、高さ約3mの黒御影石と樹齢約300年の欅(けやき)がご神体になっています。

ご神体の黒御影石です。
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神社建立の際に漫画家・水木しげる氏が入魂しています。参拝は二礼二拍手一礼の後、ご神体に触れ妖怪のパワーを受けます。

ご神体の手前、参道左手にある目玉石です。
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建立に先立ち水木しげる氏がご神体の絵を見て「ここに目玉をつけるいい」と言われた場所が、不思議にも設置の際に突然ポロリとめくれ落ち、ご神体同様、強い妖力を持つといわれています。

<妖怪神社(ようかいじんじゃ)>鳥取県境港市大正町62-1
妖怪神社 公式ページ
JR境港駅から徒歩約5分


大港(おおみなと)神社

鳥取県境港市の大港神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1431年の銘がある社宝がありそれ以前の創建と考えられてます。古くから海上安全の神として信仰され、江戸時代には八幡宮とよばれていたようです。写真は一の鳥居です。

一の鳥居から進むと左手に手水舎があります。
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手水鉢は1806年に寄進されたものです。

参道を進むと、随神門があります。
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随神門から参道を進むと、二の鳥居があります。
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参道正面にある拝殿です。
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拝殿奥には幣殿(へいでん)・本殿が続きます。
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祭神は、品田(陀)和気尊(ほむだわけのみこと=応神天皇)・大帯姫尊(おおたらしひめのみこと=神功皇后)・比咩大神(ひめおおかみ)・武内宿禰命(たけうちのすくねのみこと)など11柱です。

二の鳥居の手前、参道左手にある天満宮です。
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二の鳥居の手前、参道右手にある恵比須社です。
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拝殿に向かって右手には立派な土俵があります。
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土俵の近くにある境港開港100周年記念のモニュメントです。
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境港は1896年に外国貿易港に指定され、1996年に100周年になっています。

随神門の手前、参道右手にある社務所です。
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<大港神社(おおみなとじんじゃ)>鳥取県境港市栄町133
JR境港駅から徒歩約12分