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橿原(かしはら)神宮 後編

奈良県橿原市の橿原神宮の続きです。

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外拝殿(げはいでん)から見た内拝殿(ないはいでん)です。正月の期間は内拝殿前の外院斎庭(げいんのゆにわ)での参拝が可能です。(2024年は1/1~1/8)

内拝殿です。
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内拝殿の奥には幣殿(へいでん)が続きます。
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幣殿は、祭典の際に神饌を供え祝詞を奏上する社殿です。1939年建築です。幣殿の奥に本殿があります。本殿は、1855年建築の京都御所賢所(内侍所)が下賜されて移築したもので重要文化財です。祭神は、神武天皇・媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめ、神武天皇皇后)です。

南神門の南西に長山稲荷(ながやまいなり)社があります。
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橿原神宮創建(1890年)以前から地主神として近隣にまつられていた社で、1933年に現在地に遷座しています。現在は橿原神宮の末社になっています。

鳥居が立ち並ぶ参道の途中、左手に手水舎があります。
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長山稲荷社拝殿です。
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長山稲荷社本殿です。
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祭神は、宇迦能御魂神(うかのみたまのかみ)・豊宇気神(とようけのかみ)・大宮能売神(おおみやのめのかみ)です。大宮能売神は宮殿の平安を守る女神です。

授与所でいただいた「えと置物」です。
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<橿原神宮(かしはらじんぐう)>奈良県橿原市久米町934
橿原神宮 公式ページ
近鉄橿原神宮前駅から一の鳥居まで徒歩約8分、外拝殿まで徒歩約14分)


橿原(かしはら)神宮 前編

奈良県橿原市の橿原神宮へ、行ってきました。

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初代天皇の神武(じんむ)天皇の宮があったとされる地に神宮を創建したいという民間有志の請願を受けて、1890年に明治天皇(第122代天皇)が創建しています。写真は一の鳥居です。

参道の途中に二の鳥居があり、さらに進むと参道左手に手水舎があります。
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手水舎の先で参道は右に折れ、南神門があります。
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南神門から進むと左手に外拝殿(げはいでん)があります。
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別の角度から見た外拝殿です。
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外拝殿に飾られている大絵馬です。
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毎年11月末頃に翌年の干支が描かれた絵馬が飾られます。高さ約4.5m・幅約5mで畳約14枚分の大きさです。

外拝殿の手前には奉納された菰樽が積み上げられています。
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写真右端の「御代菊(みよきく)」は近隣にある喜多酒造(奈良県橿原市)が醸している酒です。

後編に続きます。


本誓寺(ほんせいじ)

奈良県磯城郡田原本町の本誓寺へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、1316年に花園天皇(第95代天皇)の勅願所として建立された本覚院(ほんかくいん)が始まりで、1647年に田原本平野氏2代領主・平野長勝により現在地に移し本誓寺に改めたと伝えられています。浄土真の寺院です。

山門を入ると参道右手に鐘楼があります。
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参道正面にある本堂です。
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1983年再建です。本尊は阿弥陀三尊像です。

本堂の手前、参道右手にある正志殿です。
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参道の途中、左手に平野家霊廟の門があります。
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本堂の手前、参道左手から平野家霊廟に参拝が可能です。
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写真左が広徳院廟で9代領主・平野長発((ながゆき)の廟です。写真右が本覚院廟で2代領主・平野長勝の廟です。平野長勝は1583年の賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで功名を上げた武将「賤ヶ岳の七本槍」の1人である平野長泰(ながやす)の長男です。

本堂に向かって右手にある庫裏です。
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山門に向かって右手にある北門です。
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<本誓寺(ほんせいじ)>奈良県磯城郡田原本町茶町582
近鉄田原本駅東口から徒歩約5分

浄照寺(じょうしょうじ)

奈良県磯城郡田原本町の浄照寺へ、行ってきました。

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1651年に田原本平野氏2代領主・平野長勝により創建された浄土真宗本願寺派の寺院です。平野長勝は1583年の賤ヶ岳(しずがたけ)の戦いで功名を上げた武将「賤ヶ岳の七本槍」の1人である平野長泰(ながやす)の長男です。写真は山門で、伏見城の高麗門を移築したものと伝えられています。

山門に向かって右手には長屋門・太鼓楼があります。
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長屋門・太鼓楼です。
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元は別棟でしたが、明治時代に長屋門上部に太鼓楼を移築しています。

別の角度から見た長屋門・太鼓楼です。
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境内から見た長屋門・太鼓楼です。
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山門を入って参道を進むと、左手に手水舎があります。
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手水舎に向かって左隣にある鐘楼です。
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江戸時代初期の建築で、2002年に現在地に移築・改修しています。

参道正面にある本堂です。
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1651年建築です。本尊は阿弥陀如来像です。

本堂に向かって右手奥にある庫裏・書院・御殿です。
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御殿は江戸時代後期の建築で、門主や要人を迎える建物のようです。

<浄照寺(じょうしょうじ)>奈良県磯城郡田原本町茶町584
浄照寺 公式ページ
近鉄田原本駅東口から徒歩約4分


葛城一言主(かつらぎひとことぬし)神社 その3

奈良県御所市の葛城一言主神社の続きです。

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拝殿の手前、左手にあるご神木の銀杏(いちょう)で、樹齢約1,200年ともいわれています。

ご神木の銀杏の一部分です。
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幹の途中から乳房のようなものが出ていることから乳銀杏(ちちいちょう)とよばれ、この木に祈願すると子どもを授かり、母乳がよく出ると伝えられています。

紅葉(黄葉)の頃に参拝すると、ご神木はこんな感じ!
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ご神木の銀杏の近くにある祭祀所(さいしどころ)です。
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拝殿に向かって右手にあるご神木の無患子(むくろじ)です。
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樹名には「子どもが患うことが無いように」という意味が込めらているそうです。種は、羽根突きの羽の黒い玉に使われています。

拝殿に向かって左手にある万葉歌碑です。
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「葛木之(葛城の) 其津彦真弓(襲津彦(そつびこ)真弓 荒木尓毛(荒木にも) 憑也君之(頼めや君が) 吾之名告兼(我が名 告(の)りけむ)」と刻まれています。「葛城の襲津彦が持つ弓に使う荒木のように、頼もしいあなたが私の名を告げたのでしょうか」という意味だそうです。

拝殿へ向かう石段の手前左手にある亀石です。
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清め石ともよばれ、この石から流れ落ちる水で身を清めるそうです。

拝殿に向かって左手にある社務所です。
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拝殿に向かって右手にある授与所です。
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「一陽来復守り」の案内板があります。
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1482年に行った神事で神託があり、境内の南天樹に一陽来復(難転、魔滅)の願いをこめお守りとして人々に配ったところ、大いに栄えたと伝わる秘伝のお守りです。幸運が巡ってくる、難儀に遭遇するときはその魔を滅し福に転じるというお守りです。冬至の2日前から節分の日まで授与しています。

授かった「一陽来復守り」です。
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冬至の日・大晦日・節分の日のいずれかの日の夜中12時に、前面が恵方に向かうよう玄関内の高い場所にまつります。
肌守り(小さいお守り)は各自が持ちます。(肌守りは家族の人数分授与してもらえます)

<葛城一言主神社(かつらぎひとことぬしじんじゃ)>奈良県御所市森脇432
葛城一言主神社 公式ページ
近鉄御所駅から御所市コミュニティバス西コースで森脇バス停から徒歩約7分、近鉄御所・JR御所駅から徒歩約50分