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旧春日大社板倉(いたくら(円窓(まるまど))見学会 後編

奈良市で開催された旧春日大社板倉(円窓)見学会の続きです。

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正面部分(西)から見た旧春日大社板倉内部の様子です。1辺約5.4mの正方形の部屋になっています。

別の角度から見た内部の様子です。
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1873年に鹿園(ろくえん)の東屋(あずまや)として利用される際に、正面部分を除く3方に3つずつ丸い窓があけられています。正面部分には扉の両脇上部に角丸長方形の窓が設けられています。

少し角度が変わるだけで、窓から見える風景が変わります。
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窓の高さは、座って外を眺めるのに適した高さになっているそうです。

北面(写真左)と東面の様子です。
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部屋の4隅に柱の耐震補強がされているそうで、空調の吹き出し口も設けられています。

東面中央の窓から見た風景です。
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正面部分南側の各丸長方形の窓から見た風景です。
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天井付近の部分です。
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部材には角を斜めに削る面取り(めんとり)が施されています。

面取りされた部材の様子です。
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建物全体に面取りが施されているそうです。

組物の様子です。
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内部には全く部材が通っておらず、外壁に張り付ける飾りで、片蓋式(かたぶたしき)というそうです。外観を立派に見せるための技法だとか。

<旧春日大社板倉(きゅうかすがたいしゃいたくら(円窓(まるまど))見学会>2023年9/2・9/3
奈良市春日野町160春日大社萬葉植物園内
近鉄奈良駅から徒歩約22分、JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良交通バス春日大社本殿行きで終点下車徒歩約7分


旧春日大社板倉(いたくら(円窓(まるまど))見学会 前編

奈良市の旧春日大社板倉(円窓)で見学会が開催され、行ってきました。

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旧春日大社板倉は、元々は春日大社に所在した仏教施設の1つで、興福寺(こうふくじ、奈良市)の僧侶により春日明神の信仰と結びついた学問を行った西ノ屋(にしのや)とよばれた建物に付属していた経蔵です。鎌倉時代後期の建築と考えられ重要文化財です。明治の神仏分離で春日大社の仏教関連施設は失われますが、この板倉だけが1873年に設置された鹿園(ろくえん)内の東屋(あずまや)として利用されました。その際に東屋にふさわしい建物にするため丸い窓があけられています。

旧春日大社板倉は春日大社萬葉植物園内にあります。
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鹿園の廃止に伴い春日大社の管理となりましたが、1895年に奈良県所有となり奈良公園に移築(片岡梅林近く)、2021年秋に現在地に移築されています。

現在の旧春日大社板倉の外観です。
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移築工事の際に、耐震補強が施されるとともに、正面部分に階段の通路が設けられています。

南側から見た旧春日大社板倉です。
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普段は窓に障子がありますが、見学会に合わせて外しているそうです。床下には耐震補強の鉄骨や冷房設備の配管なども見ることができます。

腰組(こしぐみ)の様子です。
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正面部分にのみ設置されています。高床式の経蔵としては非常に珍しい形式で、正面部分の見た目を立派にするために設置されたのではないかとのこと。

東側から見た旧春日大社板倉です。
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天井裏にも耐震補強のため鉄骨梁が施されているそうです。

いよいよ内部へ。
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奈良県職員の方による説明があります。普段は非公開で、一般公開は今回が初めてです。事前予約制で実施されました。

後編に続きます。


白山(はくさん)神社

奈良市川之上突抜北⽅町(かわのかみつけぬけきたかたまち)の白山神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明です。細い参道の奥に鳥居が見えます。

参道の途中、右手には井戸らしきものがあります。
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さらに参道を進むと右手に手水舎があります。
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手水鉢です。
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参道正面にある鳥居です。
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鳥居の扁額です。
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鳥居から参道は左に折れ石段を上がると拝殿があります。
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拝殿の扁額です。
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本殿です。
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祭神は、白山比咩神(しらやまひめのかみ=菊理姫命(くくりひめのみこと))と思われます。(未確認)

拝殿に向かって右手にある歌碑です。
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「八朔や 神饌のくさぐさ もちよりて」と刻まれていますが、詳細は不明です。

<白山神社(はくさんじんじゃ)>奈良市川之上突抜北⽅町9
JR京終(きょうばて)駅から徒歩約10分


井上(いがみ)神社

奈良市の井上神社へ、行ってきました。

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800年に桓武(かんむ)天皇(第50代天皇)の勅命により創建されたのが始まりで、1451年に焼失後は北に徒歩約5分の地に遷座(現・御霊(ごりょう)神社)されますが、町民により祠が作られ町内の安全を祈願していると伝えられています。

鳥居の扁額です。
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祭神の井上(いがみ)内親王は、聖武(しょうむ)天皇(第45代天皇)の第1皇女で、770年に即位した光仁(こうにん)天皇(第49代天皇)の皇后ですが、光仁天皇を呪詛(じゅそ:呪う)したとして772年に皇后を廃されます。さらに773年には難波)(なにわ)内親王(光仁天皇の同母姉)を呪詛して殺害したとされ、奈良県五條市に幽閉、775年に薨去(こうきょ、死亡)しています。その後、天変地異が頻繁におこり怨霊として恐れられ、祭神としてまつられます(奈良県五條市の御霊神社など)。

鳥居からは参道が続き奥に本殿が見えます。
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扉が閉まっているので中には入れません・・。

本殿です。
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祭神は、井上内親王(井上皇后)と他戸(おさべ)親王(光仁天皇と井上皇后の皇太子)です。他戸親王も母と共に幽閉され775年に薨去しています。(暗殺説もあり)

<井上神社(いがみじんじゃ)>奈良市井上町13
JR京終(きょうばて)駅から徒歩約9分


春日若宮(かすがわかみや)社

奈良市の春日若宮社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、郷土史家・村井古道(むらいこどう)が1735年に刊行した「奈良坊目拙解(ならぼうもくせっかい)」に記載がありそれ以前の創建と考えられています。また、1706年に火災で焼失したがその際にご神体が松の木の枝に飛び移り難を逃れ、人々は奇なることとして祠を再建して遷座したとも伝えられています。

参道の左手にある石灯籠です。
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1841年の刻があります。

参道の右手にある石灯籠です。
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1849年の刻があります。

参道左手にある手水鉢です。
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参道正面にある本殿です。
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祭神は、天忍雲根命(あめのおしくものみこと)です。

<春日若宮社(かすがわかみやしゃ)>奈良県奈良市中辻町56
JR京終(きょうばて)駅から徒歩約7分