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葛城一言主(かつらぎひとことぬし)神社 その2

奈良県御所市の葛城一言主神社の続きです。

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拝殿に向かって右手に一言主稲荷神社への参道があります。

一言主稲荷神社の鳥居の手前左手に手水舎があります。
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一言主稲荷神社です。
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一言主稲荷神社の手前、左手にある宝来石(写真中央上)です。
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葛城山より出土した苔むす自然石を2石組み合わせたもので、祈願すると金運が良くなるといわれています。

一言主稲荷神社に向かって右手に境内社が並んでいます。
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一言主稲荷神社に向かって右隣にある市杵島神社(写真左)です。
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市杵島神社に向かって右隣は天満神社(写真中央)です。

天満神社に向かって右隣にある住吉神社(写真左)です。
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住吉神社に向かって右隣は八幡神社・神功皇后社です。

境内社の手前にある雄略(ゆううりゃく)天皇(第21代天皇)像です。
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拝殿に向かって右手に蜘蛛(くも)塚があります。
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二の鳥居の近くにあるものと同様、神武天皇との戦いに敗れた豪族(先住民で土蜘蛛の蔑称)を捕らえ、怨念が復活しないように頭、胴、足を分けて埋めたとされているものです。

蜘蛛塚です。
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普段見ることはできませんが、本殿横にある庭にも蜘蛛塚があるそうです。他に、高天彦(たかまひこ)神社(奈良県御所市)にも蜘蛛塚があり、高天彦神社近隣には蜘蛛窟があります。

蜘蛛塚の近くにある「至福の像」です。
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その3に続きます。


葛城一言主(かつらぎひとことぬし)神社 その1

奈良県御所市の葛城一言主神社へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、古事記によると雄略(ゆうりゃく)天皇(第21代天皇)が葛城山で狩りをしていた時に、天皇と同じ姿をした一言主神(ひとことぬしのかみ)が現れたとされ、社伝では一言主神が現れた場所を鎮座地とし、雄略天皇とともにまつったとされています。写真は一の鳥居です。

一の鳥居から徒歩約5分で二の鳥居に着きます。
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二の鳥居の近く、参道左手に蜘蛛塚(くもつか)があります。
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神武天皇との戦いに敗れた豪族(先住民で土蜘蛛の蔑称)を捕らえ、怨念が復活しないように頭、胴、足を分けて埋めたといわれています。

二の鳥居から参道を進むと境内に着きます。
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参道右手に手水鉢があります。
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手水鉢に向かって左手に祓戸(はらえど)社があります。
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まずはこの社に参拝して身を清めます。

駐車場から境内に進む場合は、拝殿の手前に祓戸社があります。
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祓戸社から参道を進むと石段になります。
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石段を上がると拝殿があります。
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拝殿の扁額です。
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その2に続きます。


達磨寺(だるまじ) その5

奈良県北葛城郡王寺町の達磨寺の続きです。

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方丈です。1667年建築です。屋根は西側(写真左)が入母屋造り、東側は切妻造りと非対称になっている珍しい構造です。2017年から保存修理が行われ、2020年に完成しています。

方丈の扁額です。
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方丈内にまつられている仏像です。
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襖絵なども拝観することができます。
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方丈南側の庭園です。
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方丈の東にある庫裏(寺務所)です。
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西門です。
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西門脇にある雪丸像です。
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イベントに参加していた雪丸がお見送り!
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<達磨寺(だるまじ)>奈良県北葛城郡王寺町本町2-1-40
達磨寺 公式ページ
JR・近鉄王寺駅南口から徒歩約15分、JR王寺駅南口から奈良交通バス王寺ニュータウン循環外回りなどで張井バス停下車徒歩約2分


達磨寺(だるまじ) その4

奈良県北葛城郡王寺町の達磨寺の続きです。

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本堂に向かって左手に達磨寺旧本堂瓦製露盤(ろばん)があります。露盤は宝形造りの屋根の頂部を飾るもので宝珠と伏鉢(ふくばち)で構成されています。

達磨寺旧本堂瓦製露盤です。
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1692年に法隆寺の瓦師によって作られたものです。

達磨寺旧本堂瓦製露盤の北にある九重達磨石塔です。
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元は本堂の西に接して建てられ、地下に石室が造られ、一字一石経が大量に納められていたそうです。現在は永代供養塔としています。

達磨寺旧本堂瓦製露盤の南に片岡八郎の墓(写真中央)があります。
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片岡八郎は、鎌倉幕府を倒そうとした後醍醐(ごだいご)天皇(第96代天皇)の皇子・護良(もりよし)親王(大塔宮)の重要な家来です。

片岡八郎の墓に向かって右手にある松永久秀の墓です。
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1577年に信貴山(しぎさん)城(奈良県生駒郡平群町)で自害した後、筒井氏によって葬られたと伝えられています。

片岡八郎の墓に向かって左手にある一夜竹(いちやたけ)です。
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達磨大師が携えていた竹杖を挿したところ、一夜にして芽が出たと伝えられています。毎月タケノコができるそうです。

参道の途中、左手にあるペット供養塔です。
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2019年に建立されています。

参道の途中、右手に方丈へ続く門があります。
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門付近から見た方丈(写真右)です。
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門と方丈の間にある庭園です。
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その5に続きます。


達磨寺(だるまじ) その3

奈良県北葛城郡王寺町の達磨寺の続きです。

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本堂に向かって右手奥にある達磨寺2号墳です。6世紀末頃に築造された円墳です。

達磨寺2号墳の北にある達磨寺1号墳です。
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6世紀頃築造の円墳で、聖徳太子の愛犬・雪丸が遺言により葬られた墓と伝えられています。

本堂の手前、参道左手にある雪丸塚です。
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雪丸塚にある雪丸像です。
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元は、達磨寺1号墳の場所にあったそうです。

達磨寺2号墳の石室内の様子です。
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石室には地下道があり、法隆寺(奈良県生駒郡斑鳩町)とつながっていると伝えられています。

達磨寺1号墳の墳丘には石仏などがまつられています。
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達磨寺1号墳墳丘にまつられている地蔵像です。
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達磨寺1号墳の西(本堂背後)にある達磨寺中興記石幢(せきどう)です。
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室町期の達磨寺中興の由緒を刻んでいます。1448年建立で、重要文化財です。

達磨寺中興記石幢の西隣にある石碑です。
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22000年に達磨寺中興記石幢の地下から発見されたものです。嘉吉2年(1442年)の銘があり重要文化財です。

境内北西隅にある戦没記念碑・忠魂碑です。
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その4に続きます。