本能寺(ほんのうじ) 後編

京都市中京区の本能寺の続きです。

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本堂に向かって右手奥にある織田信長公廟拝殿です。

織田信長公廟です。
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織田信長の三男・信孝によって建てられたもので、石塔の下には信長が使用していた刀が眠っているそうです。

織田信長公廟に向かって左隣にある本能寺の変戦没者合祀墓です。
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本能寺の変戦没者合祀墓に向かって左隣にある日甫(にっぽ)上人顕彰碑です。
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本能寺の塔頭・高俊院の第4世住職で、華道本能寺の家元流祖です。

日甫上人顕彰碑に向かって左手にある開祖・日隆(にちりゅう)の墓などです。
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日隆の墓に向かって左手にある日承王(にちじょうおう)墓です。
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後伏見天皇七世皇孫で本能寺の第8世住職です。(宮内庁管轄)

織田信長公廟拝殿に向かって右手にある浦上玉堂・春琴廟です。
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浦上玉堂は江戸後期の文人画家で「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」は国宝です。(神奈川県鎌倉市川端康成記念館所蔵)春琴は玉堂の長男で文人画家です。

浦上玉堂・春琴廟に向かって左隣にあるイチョウです。
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1864年の禁門の変(蛤(はまぐり)御門の変)の火災時に、このイチョウの木から水が噴き出し火を消したといわれています。

<本能寺(ほんのうじ)>京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
本能寺 公式ページ
京都市営地下鉄京都市役所前駅徒歩約1分、京阪三条駅から徒歩約5分

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本能寺(ほんのうじ) 前編

京都市中京区の本能寺へ、行ってきました。

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1415年に日隆(にちりゅう)が本応寺として創建し、1433年に本能寺と改められています。寺地は転々とし、1592年に豊臣秀吉の区画整理で現在地に移転しています。旧地の中京区元本能寺町南町で行われた発掘調査では、織田信長が常宿していた当時の遺構(1582年本能寺の変で焼失)が発見されています。写真は総門です。

総門の手前にある日蓮聖人辻説法の像です。
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総門を入って正面にある本堂です。
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1928年再建で、日蓮宗なので本尊は三宝尊(仏・法・僧の三宝をまつるための仏像)です。堂内正面にある日蓮聖人像は本能寺の変以前からあるものだそうです。毎日6時から朝のお勤めが行われ自由に参拝ができます。

本堂の正面にある講堂(大寶殿)です。
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大寶殿の入口です。
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2018年4/22まで「春の寺宝展」が開催されています。

本堂に向かって右手には7つの塔頭が立ち並んでいます。
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後編に続きます。

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天性寺(てんしょうじ)

京都市中京区の天性寺へ、行ってきました。

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大永年間(1521~1528年)に當麻寺(奈良県葛城市)の僧・眼誉道三(がんよどうさん)が創建し、1587年に豊臣秀吉の区画整理で現在地に移転しています。

山門を入ると趣のある石畳の参道が続きます。
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振り返って見た山門もいい感じ。
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参道を進むと右手にある鐘楼です。
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さらに参道を進むと左手にある本堂です。
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1880年再建で、本尊は阿弥陀如来像です。織姫観音ともよばれる十一面観音像も安置されています。

参道の右手奥(南東隅)に弁財天社があります。
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鳥居の先に橋の欄干があります。池があったようですが、現在は枯れてしまっています。

弁財天社です。
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天河大弁財天(奈良県吉野郡天川村)を分祠したものです。

弁財天社です。
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社殿の奥には奉納された桶が積まれています。

山門を入って左手にある庫裏です。
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寺宝に明兆(みんちょう)筆の墨画白衣(ぼくがびゃくえ)観音図(室町時代作)があり重要文化財です。U京都国立博物館寄託)

<天性寺(「てんしょうじ)>京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町523
京都市営地下鉄京都市役所前駅から徒歩約5分、京阪三条駅から徒歩約6分

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矢田寺(やたでら)

京都市中京区の矢田寺へ、行ってきました。

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845年に奈良県大和郡山市の矢田寺の別院として五条坊門(下京区)に創建されたと伝えられています。その後、寺地を転々とし1579年に豊臣秀吉の区画整理で現在地に移っています。通称「矢田地蔵」の名で知られています。

本堂です。
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本尊は、地蔵菩薩像(矢田地蔵)です。開山の満慶(まんけい)が閻魔大王に地獄を見せてもらった際に、炎が煮えたぎる鉄釜の中に一人の僧侶が鉄釜の中にいる罪人を助けている様子を見つけ、その僧侶の姿を彫ったものと伝わっています。人々の苦しみを代わってくれる代受苦地蔵(だいじゅくじぞう)ともよばれています。また、その様子を描いた紙本著色矢田地蔵縁起(室町時代作)は重要文化財です。(京都国立博物館寄託)

本堂前にある梵鐘です。
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京都ではお盆の時期に先祖を迎えるため六波羅珍皇寺(東山区)で「迎え鐘」を撞き、8月16日に先祖が無事に冥土に戻れるように「送り鐘」としてこの鐘を撞くそうです。

本堂に向かって左手にある大日堂です。
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本堂に向かって右手にまつられている石仏群です。
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<矢田寺(やたでら)>京都市中京区寺町通三条上ル天性寺前町
京都市営地下鉄京都市役所前駅から徒歩約5分、京阪三条駅から徒歩約6分

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大将軍(だいしょうぐん)神社 後編

京都市東山区の大将軍神社の続きです。

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拝殿に向かって左手(西)にある荒熊稲荷社です。2017年10月の台風21号で隣にあった榎(えのき)の大木が倒れ社殿を壊してしまいました・・。現在再建に向けて工事が行われています。

拝殿に向かって右手にある絵馬殿です。
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拝殿に向かって右手前にある天満宮です。
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社殿によると摂政・関白・太政大臣を歴任した藤原兼家の邸宅・東三条殿があった場所に藤原道長が鎮守として父・兼家をまつったことから東三條社ともよばれています。

天満宮です。
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天満宮には、やはり奉納された臥牛像が。
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天満宮の右隣にある白龍弁財天社です。
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白龍弁財天社です。
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東の鳥居です。
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<大将軍神社(だいしょうぐんじんじゃ)>京都市東山区三条大橋東3丁目下る長光町640
京都市営地下鉄東山駅2番出口から徒歩約3分、京都市営地下鉄東山三条駅または京阪三条駅1番出口から徒歩約4分

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