笠置寺(かさぎでら) その4

京都府相楽郡笠置町の笠置寺の続きです。

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二の丸跡にある石の建造物です。案内板などが無く確かではありませんが、戦前に建てられた国旗掲揚の基壇のようです。

二の丸跡の広場隅にある貝吹岩です。
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1331年の元弘の乱の際に、士気を高めるためこの岩の上で法螺貝(ほらがい)を吹いたことから名付けられています。

二の丸から進むと小さな摩崖仏があります。
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摩崖仏から進むと行在所跡への石段があります。
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1331年に後醍醐天皇が約1か月生活した場所です。その後、捕らえられ隠岐へ流されてしまいます。以前は石段の上へあがれたのですが、現在は結界がされています。

修行場を一回りした場所にある大師堂です。
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1897年建築で、当初の正月堂があった場所です。大師堂から石段を下りると、修行場入口、椿本護王宮に戻ります。

椿本護王宮から修行場入口への道と反対側に進むと毘沙門堂に着きます。
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毘沙門堂近くに鳥居があり石段が続きます。
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石段を上がって進むと稲荷社があります。
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毘沙門堂近くにある祠です。
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地蔵堂かと思われます。(未確認)

祠の後方にある舎利殿です。
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1974年建築です。

<笠置寺(かさぎでら)>京都府相楽郡笠置町笠置山29
笠置寺 公式ページ 笠置寺 facebook
JR笠置駅から徒歩約45分

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笠置寺(かさぎでら) その3

京都府相楽郡笠置町の笠置寺の続きです。

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虚空蔵磨崖仏(こくぞうまがいぶつ)から道を進むと、「胎内くぐり」があります。笠置山には修行の際に身を清める滝がないため、この岩をくぐることで身を清めたそうです。

「胎内くぐり」を抜けて進んだあたりの風景です。
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いたるところに巨岩があります。

さらに進むと、太鼓石と書かれた案内の棒があります。
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棒の写真右隣の石が太鼓石らしく、石のある部分をたたくとポンポンと太鼓のような音がするそうです。やってみましたが、よくわからず・・。

太鼓石の先には、こんな場所も・・。
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地震がおこったら押しつぶされるのではと思いながら、素早くくぐって進みます。

続いての案内の棒は「ゆるぎ石」。
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重心が中央にあり、人の力で動くとこから「ゆるぎ石」といわれているそうですが、押しても全く動かないです・・。1331年の元弘の乱の際に、後醍醐天皇が鎌倉幕府の奇襲を受けた場所だそうで、石は投げ落としたりする武器として運ばれてきたそうです。

さらに進むと、ひときわ大きな岩があり、平等石といわれています。
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平等石からの風景です。
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写真中央奥に見えるのは木津川です。

平等石から先には、岩の隙間を抜けていかないと進むことができない場所も。
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「蟻(あり)の戸わたり」といわれています。蟻が一筋の縦列を作って進むことから名付けられたようです。

ようやく、少し開けた場所に。
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二の丸跡です。正式な築城はされていませんが、後醍醐天皇の行在所を本丸と見立てて一段低いこの場所を二の丸としているそうです。

その4に続きます。

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笠置寺(かさぎでら) その1

京都府相楽郡笠置町の笠置寺へ、行ってきました。

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創建の詳細は不明ですが、古くから磐座(いわくら)信仰があったといわれています。また、飛鳥時代に大友皇子が狩猟の際に山神に救われ後に弥勒菩薩を彫って創建した、682年に大海人皇子(後の天武天皇)が創建したなど諸説があります。写真は山門です。

山門を入ると笠置型燈篭があります。
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平安時代に参道に建てられていたものですが、現存のものはおろか資料すら残っておらず幻の灯篭といわれており、近年インターネットで全国に資料を求めたところ、愛知県岡崎市の石材業者の組合が大正時代に発行した本に形状や寸法が記載されていたことがわかり復元したものだそうです。

山門を入り左手に進むと本坊があります。
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さらに進むと鐘楼があります。
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梵鐘(ぼんしょう)です。解脱鐘とよばれています。
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1196年作で重要文化財です。最下部に6か所の切り込みを入れて六葉形になっています。

鐘楼の横に拝観受付があり、さらに進むと左手に鳥居があります。
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鳥居の奥に椿本護王宮(つばきもとごおうぐう)と春日明神社があります。

鳥居を入って正面にある椿本護王宮です。
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笠置寺の総鎮守社で、908年に吉野金峯山より勧請、1331年の元弘の乱で焼失後、豊臣氏によって再建されたと考えられています。

椿本護王宮に向かって左隣にある春日明神社です。
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元弘の乱で焼失後、再興されませんでしたが、2016年に春日大社(奈良市)の式年造替に伴い摂社・本宮神社の旧社殿が移設され685年ぶりに再興しています。

その2に続きます。

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海住山寺(かいじゅうせんじ) 後編

京都市木津川市の海住山寺の続きです。

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本堂に向かって手前、右手にある文殊堂です。鎌倉時代建築で重要文化財です。普段は内部非公開です。

文殊堂に向かって左手にある地蔵堂です。
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本堂に向かって左手にある五重塔です。
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1214年建築で国宝です。1重目に裳階(もこし)があります。

1重目の部分です。
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裳階は風雨から構造物を保護したり、実際より多層に見せ外観を優美にする効果があります。

五重塔の近くにある三社です。
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写真左より、稲荷社、春日社、天満宮のようです。(未確認)

三社に向かって左手にある薬師堂(開山堂)です。
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山門を入って右手に進むと本坊への門があります。
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本坊内部は普段は非公開です。

本坊の門に向かって右手に奥の院へ進む道がありますが普段は立入禁止です。
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毎年秋(10月下旬~11月上旬)に文化財特別公開があり、五重塔初層開扉、文殊堂開扉、本坊庭園公開などが行われています。

<海住山寺(かいじゅうせんじ)>京都府木津川市加茂町例幣海住山20
海住山寺 公式ページ
JR加茂駅西口から徒歩約60分、JR加茂駅西口から木津川市コミュニティバス奥畑行き海住山寺口バス停下車徒歩約25分、JR加茂駅西口から奈良交通バス和束町小杉行き岡崎バス停下車徒歩約40分(土日祝のみ)

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海住山寺(かいじゅうせんじ) 前編

京都市木津川市の海住山寺へ、行ってきました。

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735年に聖武天皇の勅願で東大寺の僧・良弁(ろうべん)を開基として創建したと伝えられています。写真は楼門です。

楼門から参道を進み左手の石段を上がると山門があります。
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山門を入ると右手にある鐘楼です。
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鐘楼の近くにある修行弘法大師像です。
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山門の正面にある1884年建立の本堂です。
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本尊は十一面観音菩薩立像(平安時代作、重要文化財)です。

本堂に向かって右手にある地蔵堂です。
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本堂の裏手にある稲荷社です。
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本堂に向かって右手前にある鎌倉時代作の岩風呂です。
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後編に続きます。

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