梅宮(うめのみや)大社 櫻祭・雅楽祭 その1

京都市右京区の梅宮大社で櫻祭・雅楽祭が開催され、行ってきました。

s-IMG_7047_2018041910275113a.jpg
750年頃に橘諸兄(たちばなのもろえ)の母・県犬養美千代(あがたいぬかいみちよ)が山城国(現・京都府綴喜郡井手町付近)に氏神としてまつったのがはじまりで、平安時代始め、嵯峨天皇の皇后・橘嘉智子(タチバナノカチコ=檀林皇后)によって現在地に遷ったと伝えられています。櫻祭・雅楽祭は毎年4月第3日曜日に開催されています。写真は一の鳥居です。

一の鳥居から参道を進むと、二の鳥居があります。
s-IMG_7049.jpg

二の鳥居から進むと随身門(楼門)があります。
s-IMG_7050_20180419102754bd3.jpg

随身門には奉納された菰樽が!
s-IMG_7051.jpg

随身門から入って左手にある手水舎です。
s-IMG_7067.jpg

手水舎の横にも奉納された菰樽がいっぱい!
s-IMG_7055.jpg
酒解神(さけとけのかみ=大山祇神(おおやまづみのかみ))をまつっていて醸造家からの崇高があります。平安時代、酒造は朝廷で行われ、醸造の責任者は女性で県犬養三千代は責任者だったのではないかともいわれています。

菰樽の上を猫が器用に歩いています。
s-IMG_7165_20180419102806238.jpg
梅宮大社の境内(社務所周辺)にはたくさんの猫がいることでも知られています。

祓所です。
s-IMG_7071_2018041910280387a.jpg
まず、身の穢れを祓ってからお参りします。

拝所です。奥に1700年造営の本殿があります。
s-IMG_7093_20180419102804451.jpg

その2に続きます。

今は何位かな? 押してみてね!

スポンサーサイト

本能寺(ほんのうじ) 後編

京都市中京区の本能寺の続きです。

s-IMG_3367.jpg
本堂に向かって右手奥にある織田信長公廟拝殿です。

織田信長公廟です。
s-IMG_3349.jpg
織田信長の三男・信孝によって建てられたもので、石塔の下には信長が使用していた刀が眠っているそうです。

織田信長公廟に向かって左隣にある本能寺の変戦没者合祀墓です。
s-IMG_3355.jpg

本能寺の変戦没者合祀墓に向かって左隣にある日甫(にっぽ)上人顕彰碑です。
s-IMG_3366.jpg
本能寺の塔頭・高俊院の第4世住職で、華道本能寺の家元流祖です。

日甫上人顕彰碑に向かって左手にある開祖・日隆(にちりゅう)の墓などです。
s-IMG_3358.jpg

日隆の墓に向かって左手にある日承王(にちじょうおう)墓です。
s-IMG_3359.jpg
後伏見天皇七世皇孫で本能寺の第8世住職です。(宮内庁管轄)

織田信長公廟拝殿に向かって右手にある浦上玉堂・春琴廟です。
s-IMG_3350.jpg
浦上玉堂は江戸後期の文人画家で「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」は国宝です。(神奈川県鎌倉市川端康成記念館所蔵)春琴は玉堂の長男で文人画家です。

浦上玉堂・春琴廟に向かって左隣にあるイチョウです。
s-IMG_3352.jpg
1864年の禁門の変(蛤(はまぐり)御門の変)の火災時に、このイチョウの木から水が噴き出し火を消したといわれています。

<本能寺(ほんのうじ)>京都市中京区寺町通御池下ル下本能寺前町522
本能寺 公式ページ
京都市営地下鉄京都市役所前駅徒歩約1分、京阪三条駅から徒歩約5分

今は何位かな? 押してみてね!

本能寺(ほんのうじ) 前編

京都市中京区の本能寺へ、行ってきました。

s-IMG_3331.jpg
1415年に日隆(にちりゅう)が本応寺として創建し、1433年に本能寺と改められています。寺地は転々とし、1592年に豊臣秀吉の区画整理で現在地に移転しています。旧地の中京区元本能寺町南町で行われた発掘調査では、織田信長が常宿していた当時の遺構(1582年本能寺の変で焼失)が発見されています。写真は総門です。

総門の手前にある日蓮聖人辻説法の像です。
s-IMG_3368.jpg

総門を入って正面にある本堂です。
s-IMG_3342.jpg
1928年再建で、日蓮宗なので本尊は三宝尊(仏・法・僧の三宝をまつるための仏像)です。堂内正面にある日蓮聖人像は本能寺の変以前からあるものだそうです。毎日6時から朝のお勤めが行われ自由に参拝ができます。

本堂の正面にある講堂(大寶殿)です。
s-IMG_3340.jpg

大寶殿の入口です。
s-IMG_3334.jpg
2018年4/22まで「春の寺宝展」が開催されています。

本堂に向かって右手には7つの塔頭が立ち並んでいます。
s-IMG_3343.jpg

後編に続きます。

今は何位かな? 押してみてね!

天性寺(てんしょうじ)

京都市中京区の天性寺へ、行ってきました。

s-IMG_3379.jpg
大永年間(1521~1528年)に當麻寺(奈良県葛城市)の僧・眼誉道三(がんよどうさん)が創建し、1587年に豊臣秀吉の区画整理で現在地に移転しています。

山門を入ると趣のある石畳の参道が続きます。
s-IMG_3369.jpg

振り返って見た山門もいい感じ。
s-IMG_3376.jpg

参道を進むと右手にある鐘楼です。
s-IMG_3370.jpg

さらに参道を進むと左手にある本堂です。
s-IMG_3371.jpg
1880年再建で、本尊は阿弥陀如来像です。織姫観音ともよばれる十一面観音像も安置されています。

参道の右手奥(南東隅)に弁財天社があります。
s-IMG_3372.jpg
鳥居の先に橋の欄干があります。池があったようですが、現在は枯れてしまっています。

弁財天社です。
s-IMG_3373.jpg
天河大弁財天(奈良県吉野郡天川村)を分祠したものです。

弁財天社です。
s-IMG_3375.jpg
社殿の奥には奉納された桶が積まれています。

山門を入って左手にある庫裏です。
s-IMG_3377.jpg
寺宝に明兆(みんちょう)筆の墨画白衣(ぼくがびゃくえ)観音図(室町時代作)があり重要文化財です。U京都国立博物館寄託)

<天性寺(「てんしょうじ)>京都市中京区寺町通三条上る天性寺前町523
京都市営地下鉄京都市役所前駅から徒歩約5分、京阪三条駅から徒歩約6分

今は何位かな? 押してみてね!

矢田寺(やたでら)

京都市中京区の矢田寺へ、行ってきました。

s-IMG_3381.jpg
845年に奈良県大和郡山市の矢田寺の別院として五条坊門(下京区)に創建されたと伝えられています。その後、寺地を転々とし1579年に豊臣秀吉の区画整理で現在地に移っています。通称「矢田地蔵」の名で知られています。

本堂です。
s-IMG_3385.jpg
本尊は、地蔵菩薩像(矢田地蔵)です。開山の満慶(まんけい)が閻魔大王に地獄を見せてもらった際に、炎が煮えたぎる鉄釜の中に一人の僧侶が鉄釜の中にいる罪人を助けている様子を見つけ、その僧侶の姿を彫ったものと伝わっています。人々の苦しみを代わってくれる代受苦地蔵(だいじゅくじぞう)ともよばれています。また、その様子を描いた紙本著色矢田地蔵縁起(室町時代作)は重要文化財です。(京都国立博物館寄託)

本堂前にある梵鐘です。
s-IMG_3387.jpg
京都ではお盆の時期に先祖を迎えるため六波羅珍皇寺(東山区)で「迎え鐘」を撞き、8月16日に先祖が無事に冥土に戻れるように「送り鐘」としてこの鐘を撞くそうです。

本堂に向かって左手にある大日堂です。
s-IMG_3384.jpg

本堂に向かって右手にまつられている石仏群です。
s-IMG_3383.jpg

<矢田寺(やたでら)>京都市中京区寺町通三条上ル天性寺前町
京都市営地下鉄京都市役所前駅から徒歩約5分、京阪三条駅から徒歩約6分

今は何位かな? 押してみてね!